最終話

 魔力式の街灯が光り、夜の町は静かな空気に包まれる。いつもはそれに溶け込むかのように静かな僕の店も、今日ばかりは賑やかだ。気心知れた幼馴染みたちの貸し切りである以上、少しくらい賑わいがあって当然だろう。人間も魔物も酒を飲みながら語り合い、笑い合って少年時代に戻っていた。

 鍛冶屋の息子だったヨアヒムは立派に親の跡を継ぎ、サラマンダーのアイナと結婚して故郷で暮らしている。酒は相当強いようで、二人とも度数の高いウォトカを平気で飲んでいた。
 そんな二人の横で静かに飲んでいるのは冒険者のハインと、その妹であり今はサキュバスとなったミレーン。
 カウンターに座る墓守のアーベルはすでに顔が真っ赤になっており、ゾンビのイアが水を飲ませていた。彼女も僕らの幼馴染みだがすでに死んでいるため、ミュリエル同様昔のままの姿だ。

「イアちゃん、しっかりものになったね〜」
「あぅ」

 色の抜けた髪をミュリエルに撫でられ、彼女は満足げな笑みを浮かべている。僕の目の前に座る元ガキ大将が愉快そうに笑った。

「相変わらず、ミュリエルはみんなのお姉ちゃんだな」

 ベン・キールストーン。昔僕らの先頭に立って故郷を駆け回っていた、陽気で強気な農家の次男坊。それが今やこの町の領主の執事であり、いつも泥まみれでいた少年時代と違い、黒のスーツを奇麗に着こなしている。その人格は市民からも好かれているが、今は彼も昔に戻っていた。
 そして彼にからかわれて怒っていた泣き虫の女の子も、今彼の隣に座っている。

「彼女がアリスだったことには驚いただろう、テオ?」

 リライア・クロン・ルージュ。奇麗な赤髪のヴァンパイアで、この町の領主。かつて一ヶ月間だけ僕らの故郷……トーラガルドに滞在し、一緒に昼間の町を駆け回った。プライドが高く意地っ張りだった彼女はいつもベンにおちょくられ、じゃれ合っていた。

「はは、本当にね。だけどリーアが自分の町を作って、ベンがその執事っていうのも、あの頃からすれば結構凄いことだよ」
「フフ……違いない。我々はあの頃の未来にいるのだな」

 灰色の瞳を細め、リライアはカクテルを呷る。彼女も最初はリーアという渾名で呼ばれることも激しく嫌がり、『生意気な人間共』に馬鹿にされまいと必死になっていた。今では人魔両方から尊敬を集めるルージュ・シティの領主だ。

「あのときトーラガルドに行かなければ……そなたらのような悪ガキ集団と出会わなければ、今の私はなかっただろう」
「ま、その後一番の悪ガキになった人はまだ来てないけどな」

 ベンの言葉にみんなが笑い、ミュリエルも魚のムニエルを運びながらリライアに笑いかける。僕と同じバーテンダーの黒いベストと白のシャツが、幼い体に不思議と似合っていた。もしかしたら僕が彼女を姉として見ているせいかもしれないが、ミュリエルが大人の服を着ても違和感があまり感じられないのだ。やはりアリスでも何かが成長しているのだろう。
 だが浮かべる笑顔は子供の頃と同じ無邪気なもので、銀の盆を手にリライアへ歩み寄る。

「ねえリーア、なにかうたって! じょうずだったでしょ」
「おっ、そりゃいいな。歌えよ、リーア」
「久しぶりに美声を聞かせてよ」

 全員がリライアに期待の眼差しを向けた。ミュリエルが言うように彼女は歌が上手く、何かと彼女をからかうベンでさえその歌は素直に褒めていた気がする。
 リライアはふふっと静かに笑い、グラスに残ったカクテルを飲み干した。多少酔っているようで頬が赤くなっているものの、彼女にとってはどうということはない。グラスを置いて一つ息を吐くと、我らが領主はみんなに笑顔を向けた。

「ではご期待に応え歌うとしようか。流行りの曲にしよう」

 席から立ち上がり、軽く呼吸を整え。
 やがてリライアは歌いはじめた。




 ……兵舎の門の向かいに 今も街灯があるのなら……




 ……またそこで会おうよ 街灯の下で会おうよ……





 ソプラノの声が店内に響く。セイレーンの魔声のように精神を揺さぶられるものはないが、心に染みる美しさがあった。歌自体はこの町の物ではないし、そもそもこの世界で生まれた歌ではない。だがそのメロディと歌詞は町の兵士たちに好まれ、このような静かな夜によく歌われている。この歌を伝えた人もここに来るはずだが、少し遅れているようだ。
 耳を傾けながらも、ミュリエルは空きグラスを集めてきて流し台に置いた。みんなの様子を見つつ、そろそろとっておきを出そうかと考える。できれば全員揃ってからにしたかったが、あまり酔いが回りすぎた頃ではよくない。

 僕この町で考えた、バー・ベッカーだけのオリジナルカクテル。レシピはできているし、飲んで美味しいのも確かめてある。だが一つだけ欠けている大切な材料があるのだ。
 そ
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