小さなバスに揺られ、夕暮れ時の山道を走る。すでに辺り一帯は暗く雪が降り始め、俺ならあまり運転はしたくない状況だった。だが運転手の山瀬はこのような道に慣れているようで、いつも通り冷静にバスを運転している。素面の状態でなら彼女ほど頼りになるドライバーはいないだろう。そもそもアオオニである彼女が酒を飲んだらすぐさま夫に抱きついてずっこんばっこん始めるから飲酒運転の心配は一切無い。その夫は助手席に座り、地図を見ながらあれこれ指示している。
車内は暖房が効いているからスタッフたちも寒くはなさそうだ。特に、俺は。
「プロデューサーさーんっ」
もふっとした手で抱きついてくる、可愛い女の子。いや、可愛いのは当然だ。彼女……イエティのリッカちゃんは、俺がプロデュースしているアイドルなのだから。
「リッカちゃん、あんまり抱きつくなって。もし変なカメラマンにでも撮られたらスキャンダルに……」
「雪、つもるかな? いっぱいつもるかな?」
俺の不安など知ったことじゃないようで、リッカちゃんはくりくりした目で楽しそうに外を見ている。その純白の毛皮と褐色の素肌はとても温かく、柔らかい感触と相まってとても気持ちいい。ただでさえ彼女は露出度が高い(というか大抵自前の毛皮だけなので、正確にはほぼ全裸)というのに、こんなことをされては当然ムラムラきてしまう。
特に押し付けられる大きな胸が強敵だ。むにゅっとした感触を受けながら心を落ち着け、持っていた書類を股間部に乗せて隠す。勃起してそれを気取られれば終わりだ。
「あんまり雪が積もったら下山できなくなっちゃうだろ」
「そうなったら、わたしがプロデューサーさんをあたためてあげるっ」
俺に抱きついたままにこやかに言うリッカちゃん。確かに二人で雪山に閉じ込められることがあれば、心優しいイエティである彼女は迷わずそうするだろう。今までにもスキー場で迷子になった子供を助け出したことがあり、国中から賞賛された。さらにダンスのセンスや歌唱力も高く、人間にも魔物にもファンが多い。
俺はそんなリッカちゃんのプロデューサーだということを誇りに思っている。が、彼女には困ったことに、所構わず俺に抱きつく癖があるのだ。例えファンの前だろうと、カメラマンの前だろうと、トイレに入る直前だろうと。
イエティは単に抱きつくのが好きなだけで、他の魔物のように男を誘惑するつもりはあまり無いという。ただ無邪気なだけなのだ。しかし勃起したことに気づかれればセックスを求めたと見なされ、即座に襲われる。ただでさえ普段から様々な噂が流れているというのに、そんなことになっては二人揃って芸能界から抹消されるだろう。
「ほらほら、もうすぐ到着するから」
「んー」
彼女は名残惜しそうに離れたが、数分後にはまた抱きついてくることだろう。周りのスタッフたちも「プロデューサーもいい加減諦めればいいのに」とか「いつになったらヤるのかな、あの二人」などと他人事のように言っていやがる。毎度のことだ。
「……プロデューサー、見えきたぞ」
助手席にいる山瀬・夫が冷静に告げた。彼は女房が飲酒しているときを除き常に冷静沈着で、何かと謎が多いものの俺としては非常に頼りにしている。
バスの前方を見やると、ライトに照らされて小さな旅館が浮かび上がっていた。風情のある建物で、その側には木の枝で囲われた一角があった。
「あれっておフロかな!?」
「……そうだね」
案の定再び抱きついてきたリッカちゃんが目を輝かせる。わざとらしいまでに押し付けられる胸の感触から意識を逸らし、気を引き締める。ようやく今回の企画のスタート地点に到着したのだから……。
………
リッカちゃんが我ら647プロダクションの人気アイドルとなったのは最近のこと。彼女もプロデューサーの俺もそのための努力は惜しまなかったし、これからもさらに上を目指すつもりだ。
しかしある日、インターネットで次のような書き込みが見受けられた。
「イエティのアイドルって長続きしなくね? 寒冷地の魔物だし、外国ツアーとかあんまり行けないだろ」
それを見て我らが社長は「ポンときた」らしい。あの人は刑部狸だけに企画のアイディアはポンポン出る。つまりイエティである彼女に世界中を旅させてしまおうと企んだのだ。そして旅のテーマは今の日本の季節に合わせて決められた。
即ち……
「冬の日本に温かさをお届け! リッカの世界秘湯巡り!」
……雪が降り湯気の立ち上る温泉で、リッカちゃんは微笑んでいた。カメラやマイクを手にしたスタッフたちが辺りを囲み、撮影は始まっている。スタッフの中で男は俺と山瀬・夫のみで、その他はサキュバスやゴブリンなど様々な魔物で構成されて
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