夢の町に降り立ったとき、レヴォンさんはすぐ側にいた。
私の体は昨夜までとは違い、現と同じケンタウロス属の姿。髪も現と同じ……レヴォンさんが丁寧に整えてくれた奇麗な髪で、服だけはローブではなく黒のドレスを着ている。レヴォンさんの方を向いて笑いかけると、彼も笑顔を返してくれた。
彼の夢は今日も不思議で、複雑に入り組んでいる。ここであの子供たちを捜すのはナイトメアの私でも楽ではない。でもきっと大丈夫。彼が私を信じている限り、私は彼の夢に応えることができるから。
「さあ、乗って」
手を差し伸べると、レヴォンさんは一つ頷き握ってくれた。彼を背に乗せ、私たちの距離がここまで近づいたことを実感する。レヴォンさんが私の髪を整えてくれたから、少なくとも彼と一緒にいる間は胸を張っていられるだろう。あとは彼の心の棘を、私が抜いてあげよう。それが私にできること。
蹄で石畳を蹴り、神秘に溢れた町中を走り出す。うねった道を駆け抜けつつ、この世界で動いている物を探した。水溜りに石を落とせば底の土が舞い上がるように、夢の中で何かが動けばその小さな波紋を察知できるのだ。走る道に気を配りながら、神経を集中させる。
小さな足音に似た気配が僅かに感じられた。距離は遠いけど、方向が分かればどうにでもなる。ガラスでできた家の前を横切り、空中へ続いている階段を駆け上がった。
「飛ぶわよ」
レヴォンさんに声をかけ、私は先端の途切れている階段から跳躍した。彼は私の肩にしっかりと掴まる。そのまま高く、高く空を駆ける。
その先に浮いていた雲を蹴ると、雲は柔らかな弾力で私を押し上げる。町中が見渡せる高さで改めて波紋の位置を掴み、そこを目指して降下していく。波紋の数は複数あり、あの子供達と見て間違いない。
夢の世界の風が優しく頬を撫でた。レヴォンさんの優しさが夢にも表れているかのよう……でも今なら分かる。あのバーテンダーさんが言っていたように、彼の心は沢山傷ついてきたのだろう。もう傷つく余裕が無いほど傷ついて、それでも優しい心になった。そんなレヴォンさんだから。
「……貴方の心は私が支える」
それが私の決意だった。彼は素敵な人だから、優しい人だから。夢の中で苦しむなんて駄目だ。
「ありがとう、イリシャちゃん」
レヴォンさんが私の耳元で応える。その言葉の暖かみを感じて、彼の番いになったことを実感した。
そしてゆっくりと、私たちは石畳に着地。
「あっ!」
「いたわ!」
私たちは同時に叫んだ。最初にレヴォンさんの夢へ入ったときに見かけた、あの子供たち。水色の髪の女の子が先頭を切って、五人ほどの子供達が後に続いている。
即座に後を追い、町の中を駆ける。子供たちは私に気づいているのかいないのか、笑い声をあげて元気に駆け回っていた。ケンタウロスの姿で全力を出してもなかなか追いつけない。時々急に曲がったり、私同様重力を無視して家の上に飛び乗ったり、行動も読めない。
それでもレヴォンさんが一人で追いかけるよりはずっと速く、確実に子供達へと近づいていた。先頭の女の子は活発そうでとても可愛らしく、大人になったら大層な美女になることだろう。額に貼られた絆創膏も、その可愛らしさを曇らせることはできないようだ。友達に声をかけながら、ただただ無邪気に町を駆けていく。
と、我々は小さな広場に出た。モチーフが何だか分からない曲がりくねったモニュメントが立っていて、その先では細い道がいくつもに枝分かれしている。子供たちは別々に別れてその道へと入って行き、尚も走り続けた。
「誰を追う?」
「あの女の子を!」
レヴォンさんは迷わず絆創膏の女の子を指差した。その素敵な指が示す細い道へ、私も颯爽と駆け込む。その女の子は後ろを振り向くこともなく、ただ一心不乱に走り続けていた。
道が狭くなってきたが、私たちはなんとか通過して追跡を続ける。絶対に逃がさない。レヴォンさんのために、その傷だらけの心のために。
『……は……の……して……を……』
「……!?」
ふいに聞こえてきた小さな雑音。だけどそれは次第に大きくなり、はっきりした言葉になってきた。
『じゃあ、おじょうさまはあいつと結婚するんですね』
『うん、だれにも言わないでね』
『はい! 結婚式のときには、ぼくがふたりの髪を……』
声は少しずつかすれて元の雑音に戻っていく。でも私にはそれがただの夢の産物ではないことが分かった。
今のはきっと、レヴォンさんの記憶だ。
「イリシャちゃん!」
レヴォンさんが叫ぶ。彼にも今の声は聞こえたのだろうか。記憶の奥底に眠っていた、その声が。
「頼むよ、絶対に追いついて!」
「もちろんよ!」
彼の願いに応え、私は全速で走った。蹄の音が道に鳴り響く。
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