光の道を通り抜け、私はあの町の上を飛ぶ。昨夜と同じく黒いドレスを身にまとい、脚は人間と同じ二本脚だ。この夢の世界では重力さえ私の思うがままで、翼などなくても自在に宙を舞える。すぐ下にクネクネと曲がりくねった時計塔を見つけ、そのてっぺんに舞い降りた。尖った屋根の上に片足で立ちながら、不思議で自由な町を見下ろす。
ガラスでできた家、天井にドアがついた建物、それらと同じ大きさの巨大なリンゴ。レヴォンさんの見る夢は、今日もおもちゃ箱をひっくり返したような楽しい世界だった。だけど今日も彼はこのおもちゃ箱の中で、あの子供達を追いかけているのだろう。それが心の傷によるものだとしたら、彼が求めているものは一体何なのか。それを確かめるために、そして私にできることは何なのか知るためにも、彼に会いに行かなくては。
夢の町はとても広大だけど、私は神経を集中させて彼の気配を感じ取った。昨夜彼の精を吸って味を覚えたから、今回はすぐに見つかった。
あのいい匂いのする方向へ軽く跳躍し、逆さまに建った家の屋根に着地する。続けてもう一度飛び、今度は氷でできた木の上、そこから側に浮いていた雲を踏み台にして大きく跳躍する。レヴォンさんの気配が移動している辺り、今夜もきっとあの子供達を追いかけているのだろう。もし追いつくことができれば彼が抱えているものが分かるかもしれない。
「……見つけた」
曲がりくねった道を走っているレヴォンさんを空から確認する。でも彼の様子がどこか変だった。何かを追いかけているのではなく、必死に逃げているように見える。
彼の後方に目をやるとすぐに分かった。素敵な夢の町の中で、物々しい鎧をガチャガチャ言わせながらレヴォンさんを追い回している奴らがいたのだ。教団を思わせる意匠の鎧を着た奇妙な兵士たちが大挙して迫っている。そいつらの槍の穂先がレヴォンさんに向いているのを見た瞬間、私はすぐさま行動に移った。
「夜の闇よ、安らぎよ」
掌に集まってくる、私の力。夢を御するナイトメアの魔力だ。
「騒がしき者を払え」
形になったその魔力を、私は高々と振り上げ……地上目がけて落下した。
体が風を切り、振りかぶったその大鎌が鋭い音を立てる。兵士どもがはっと私を見上げたが、もう遅い。
「消えなさい!」
振り下ろした鎌の切っ先が、兵士の兜を捉えた。手に伝わってくる手応えは、多分現実で同じことをするのよりずっと虚ろな感触なのだろう。その瞬間その兵士の体は煙となり、鎌の刃で二つに分かれてふわふわと散っていく。
夢の世界においてこの大鎌は、夢を刈り取る力を宿している。交わりを邪魔する悪夢を打ち払い、素敵で淫らな夢を作るための力だ。昨日は必要なかったけど、今夜はレヴォンさんを守るため遠慮なく使わせてもらう。
他の兵士たちが身構える。そいつらは全身が鎧で覆われて表情が分からず、相手に恐怖心を与えるには十分な不気味さだった。
でも無駄。ただの悪夢ごどきに魔物のナイトメアは止められない。
私は鎌の柄にキスをして力を込めた。重く分厚い刃が白く光り、凧のように空中へ浮き上がる。手を頭上にかざすと、鎌もそれに引っ張られるように高く浮いた。
「行け!」
私の号令に従い、鎌はまるで生き物のように兵士たちへ襲いかかった。
風車のようにくるくると回りながらぶつかっていき、一人、二人と兵士たちを切り裂く。この鎌の前では硬い鎧もまるで意味はない、あらゆる悪夢は刈り取られるのだ。
次から次へと兵士たちが刃に切り裂かれ、柄に薙ぎ倒されてただの煙となっていく。後には鎧の欠片が残渣として残るだけ。
兵士どもは剣や槍で大鎌に挑むが、防ぐことさえ敵わない。次から次へと悪夢を刈り取り、鎌は向きを変えて奴らの頭上に飛び上がる。同時に私も地を蹴って跳躍。空中で大鎌をつかみ取り、地上で慌てふためいている奴らを見下ろした。いい気味だ。
そして……
「これで……終わり!」
力任せに投げつける。
刹那、地面にぶつかった鎌から月のような光が放たれた。兵士たちがひるんだ直後、奴らはそれに包まれ、次々に消滅した。光の中から立ち上る煙が風に流されていく。
私が地上に降りたとき、辺りはすっかり静かになっていた。地に刺さった鎌に息を吹きかけると煙のように消えていき、私も素手になる。
そしてレヴォンさんは近くで私を見ていた。いきなりのことに驚いている彼に、私は笑いかける。
「もう大丈夫よ」
「あ、ありがとう……」
ほっとした様子でレヴォンさんは息を吐く。可愛い表情。早くも押し倒したくなってきた。
「子供たちは見つかった?」
「今日も見失った。でも……」
レヴォンさんは少し微笑み、私の手を握った。途端に体中がムズムズしてくる。
「君にも会いたかったか
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