……夕暮れ時。
ルージュ・シティ南地区にある牧場の隅っこで、私はひたすら泣いていました。辺りは緑の牧場が夕日に照らされて優しい光を放っています。
もうすぐ夜が来るのに、私はここから動く気になれません。本当なら昨日に引き続きレヴォンさんのことを調べ、夜にはまた夢の中で彼を虜にするはずでした。昨夜はあんなに上手くいったのに……。
「あうう……夜中に目覚まし時計が鳴るなんてぇ……」
故障した目覚まし時計のベルに全てを邪魔され、私の心は小枝のように折れてしまいました。そればかりか、現実の世界でレヴォンさんに顔を見られてしまったのです。こんなボサボサ頭で恥ずかしい私の姿を。
しかもレヴォンさんの部屋の窓を蹴破って逃げた以上、近所の人たちも気づいてしまったことでしょう。レヴォンさんが誰かに相談しているかもしれないし、きっと警戒されてしまっています。もう昨日のようなストーキングを行うのは危険だし、レヴォンさんが昨夜のことを誰かに話していようものなら……考えただけで恥ずかしくて、足腰が生まれたての子鹿状態になりそうです。
「私……私、もう駄目かも……ぅぅ」
「……イリシャちゃん」
ウルリケちゃんは私の背に乗って、優しく頭を撫でてくれていました。彼女を乗せていると少し心が落ち着くのです。本人曰く、ドッペルゲンガーは心の隙間を埋めるために生まれる魔物だとか。一緒にいてくれると心が和むのはそのせいかもしれません。
それでも、今回の心の傷は塞がりそうにありませんでした。
「うぅ……なんで私はこんな……こんな駄目な女なのかな……」
「……まだ、大丈夫」
ボサボサの髪を小さな手ですきながら、ウルリケちゃんは優しい言葉をかけてくれました。でも今の私には大丈夫な点がどこにも見つかりません。現実では駄目なことばかりの私が、夢の中で失敗したなんて……。
「レヴォンさんもきっと、現実の私なんか見たら幻滅しちゃいますよぉ……というか、きっともう……」
――とっくに嫌われている。
そう言おうとした瞬間……。
「ひゃあ!?」
後ろからウルリケちゃんの小さな手が、私の無駄に大きい胸を掴んだのです。驚いて後ろ足で竿立ちになってしまったけど、彼女は予想していたのかしっかり胸に掴まっていたため、振り落とさずに澄みました。
「な、何をするんですかぁ……!?」
「むにゅむにゅ、ぷにぷに……」
私の恥ずかしい胸を、彼女はしきりに揉んできます。これはレヴォンさんのものなのに……そう思った瞬間、自分がやっぱり彼を諦められないことに改めて気づきました。
「イリシャちゃん、おっぱい大きい」
「い、言わないで!」
気にしていることを改めて口に出され……もう恥ずかしさで死にそう。
「ウルリケのおっぱい、ぺったんこ」
私の背中に平らな胸を押し付けながら、ウルリケちゃんは続けます。何が言いたいのか分かりません。
「でも……クルト、こんなウルリケが好きだって。ぺたんこでも、きらいにならないって」
「……」
「クルトはいつも血のにおいがする。おふろ入っても、やっぱり血のにおいする」
クルトさん……彼女の旦那様は家畜を殺してお肉にする仕事をしています。誰かがしなくてはいけない仕事でも、やっぱり気分のいい仕事ではないでしょう。だからこの町に来るまで、それはもう酷い差別を受けていたそうです。
「でもウルリケ、クルトが好き。優しくて、がんばりやの、クルトが好き」
ウルリケちゃんは私から降り、正面へまわりました。赤い瞳でじっと見上げられ、ぎゅっと手を握られます。彼女の手は小さくて柔らかいですが、旦那様の仕事を手伝っているせいかどことなく力強さがありました。
「イリシャちゃんの好きな人、きっと、イリシャちゃんのいい所、見てくれる。だから、会いに行かなきゃ!」
「――!」
ものを言うのが苦手そうな口で、彼女ははっきりと言いました。私は胸の奥がじんと熱くなり、泣き疲れて止まっていた涙がぽろぽろと落ちてきました。ウルリケちゃんの優しさ、そして諦めてはいけないんだという思い。生まれて初めて流す、悲しくない涙でした。
どうして彼女はこんな私に、優しくしてくれるのでしょうか。もしかして、私にもいい所があるのでしょうか。彼女はそこを見て私と友達になってくれたから、レヴォンさんもそうしてくれると言うのでしょうか。
もしそうなら……私も少しは胸を張って、彼の側にいられるのかもしれません。大嫌いな自分が、少しだけ好きになれるかもしれません。
でも……
「本当に……私、大丈夫なんでしょうか? もしレヴォンさんに嫌われたり、罵られたりしたら……」
きっとそのときは、生きていく自信さえ失いそう。
そんな情けない私の顔の前で、ウルリケちゃんは少し俯き
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