……ルージュシティ 商店街
「ふう、こんなところか」
帽子の中に投げ込まれた小銭を見て、俺はギターをケースにしまった。今日の食事代には足りる額だ。
やっぱりこの街に来て良かったと思う。元々いた所では、路頭でギター弾いても稼げはしなかった。否、ある日を境にして稼げなくなったのだ。
「ん……?」
近くで俺をじっと見ている、小柄な少女がいた。
人間ではない。両腕は青い色をした翼で、脚も羽毛に覆われている。髪も瞳も鮮やかな青で、端正な顔立ちをしていた。
目をやると、彼女はぴくりと体を震わせた。
「ハーピーか?」
そう尋ねると、彼女は首を横に振った。そういえば翼に爪が無い。
「なら、セイレーン?」
今度は頷いた。セイレーンはハーピーの近縁種で、魔力の籠った美声で男を虜にする。多くが陽気で積極的に人と関わろうとするのだが、彼女は内気らしい。
「名前は?」
「ぃ……あ……」
彼女の口から出たのは、今まで聞いたセイレーンの美声とはかけ離れた、聞き苦しい声だった。しかし唇の動きで、何と言ったのかは分かる。
「リウレナ、か。いい名前だな」
僕がそういうと、彼女は驚いたような顔をした。一回で聞き取れるとは思わなかったのだろう。
「俺は唇の動きで、人の話していることが分かるのさ」
すると彼女の表情が明るくなる。会話できることが嬉しいのだろう。
俺も笑って見せようとしたが、上手くいかない。俺の顔は半分以上が包帯で覆われ、その下は焼けて崩れかけており、上手く表情を作れないのだ。
そう、顔に火傷を負ったせいで、故郷では誰も俺の曲を聞いてくれなくなった。それまで親しくしていた奴らでさえも、俺を気味悪がった。
「上手く喋れないのか?」
俺の問いに、リウレナは自分の喉を見せることで答えた。色白の肌に、何かで切られた傷跡が一文字に走っている。
教団にやられたのだろう。連中は魔物相手になると本当に惨いことをする。
「この街にはいつ来た?」
‐‐二日前。救済院で保護を受けてる。
リウレナは口の動きでそう答えた。救済院とは何らかの障害を持った者が暮らす福祉施設であり、この街では人も魔物も隔てなく入院できる。何しろこの街はヴァンパイアの領主によって立ちあげられ、人と魔物の完全な共存を目標としているのだから。
「苦労したんだな」
俺がそう言うと、リウレナは苦笑した。
‐‐あなたも、そうでしょ?
声なき口がそう言うと、俺もつられて苦笑してしまう。
「まあ、そうだな。こんな顔になっちまって、結構苦労したよ。生きてりゃ大なり小なり、辛い目には遭うもんさ」
‐‐だよね。
そう言って頷くリウレナを見て、大した奴だと思った。セイレーンにとって、歌えないことほど辛いことはないだろうに。
人と魔物が入り乱れるこの街では、俺の風貌もあまり不気味に思われない。まあ初対面だと、コカトリスみたいな気弱な魔物には恐がられたり、マミーに仲間と間違われたりするが。だからきっと、彼女もこの街で居場所を見つけられるだろう。
そのとき、俺は彼女に名前を尋ねておいて、自分は名乗っていないことに気付いた。
「申し遅れたが、俺はエーリッヒ=クラウ。ケチなギター弾きだ」
‐‐エーリッヒ。
彼女の唇が、俺の名を象った。
‐‐話しやすい人で、よかった。
「ははっ、まあ見た目よりはな。ところで今更だが、俺に何か用かい?」
そう尋ねると、リウレナは青い翼を擦り合わせながら答えた。
‐‐もっと演奏してくれない?
深い、それでいて澄んだブルーの瞳が、俺をじっと見つめている。
歌声を失ったとはいえ、彼女はセイレーンだ。それが俺のギターを聞きたいというのだから、光栄に思うべきだろう。
「構わないけど、救済院に戻らなくていいのか?」
‐‐どうしても、聞きたいの。
はっきりとした唇の動きで、リウレナは言った。
‐‐あたし、まだ音楽を諦めきれない。セイレーンには、歌が全てだから。
「……楽器を習いたい、と?」
‐‐分からない。でも、エーリッヒのギターを聴いてると、何か体がムズムズしてくるの。
ムズムズ、という言葉から性的なものを連想してしまうのは俺の心が汚いからだけじゃない。彼女が魔物だからでもある。偏見も混じっているかもしれないが、魔物は子孫を残すため、そして本能を満たすためセックスを積極的に求めるのだ。そのことから教会からは汚れとして見られるが、彼女たちにすれば自然なことだ。
「なら、俺が救済院へ行ってギター弾くか」
そう答えると、リウレナの表情がぱっと笑顔になった。かなり可愛い。
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