――当方の疲労によるアクシデントで一時任務を中断せざるを得なくなったが、現地に伝わる「動物療法」なる治療を試みた結果、現在は完全に回復。予後もすこぶる良好である。
現地に今のところ危険な兆候はなく治安も保たれている。これといって大きな事件も発生していない。
しかし、以前我々にもたらされた情報の真相については未だ詳細がつかめておらず、各地で起きている異変の手がかりがつかめる可能性も考えると、すぐさまこの調査を終わらせることは不適当と判断する。
引き続き任務を続行するために、現地での滞在の許可を要請する。
――審問官 オルバス
都の教会に集まった教区の指導者たちは、遠方へ派遣した審問官から送られてきたこの報告を持て余していた。
指示を下した本人たちですら、田舎町の調査のことなどすでに忘れかけていたのだが、会議に出席していたうちの一人がたまたま思いだして話題にあげたので、そういえばあの男が帰還してきたという話を聞かないな、と皆で一抹の不安を覚えていた。するとちょうどその時、皆で噂をしていた当人からの書簡が、彼らの元に舞い込んできたのだ。
「替え玉が送ってきたんじゃないのか」
「しかしサインは確かに彼のものだぞ」
「あんたにわかるのかよ」
「なんだと」
「よしなさい、みっともないったら」
「疲労によるアクシデント」という言葉も不穏な印象を抱かせるし、そもそも“動物療法”なる言葉の意味が分からない。いったいどんな治療をおこなったというのか――。
皆で憶測をめぐらせるうちに、この審問官は、何らかの理由で正気を失いかけているのではないかという結論に向かいつつあった。もしそれが本当なら、この「報告」とやらも迂闊に信用することができない。
だが、今の時点ではこの手紙以外に判断材料がないわけだし、魔術的方法で向こうの様子を知ろうにも、正体不明の干渉がかかっていてそれすら不可能だ。そもそも、そんなことができるなら最初から人に様子を見に行かせる必要もなかったわけで……。
結局、行き着く結論は一つしかなかった。
――また、誰か送り出さないといけないのか。
その場にいた者たちはお互いに顔を見あわせると、一斉にため息を吐き出した。
◆
一旦解散した教区の指導者たちは、方々の伝手を頼ってヤードの町へ派遣できそうな人間を何とか探しだそうとした。
無理に無理を通してようやく一人見つけ出すと、すぐさまその人物を任務へと送り出すために、指導者たちは間を置かず再び前回と同じ教会に集った。
「新しい審問官の任命をおこないます。――入って来てください」
まとめ役の司教が扉にむかって呼びかけると、両開きのドアが勢いよく押し開かれ、僧侶姿の若い男が中に入ってきた。
その男は、石造りの床にカツカツとやかましい音を響かせながら、指導者たちが席に座るテーブルへとやってくる。そして目の前まで来ると、ビシィ、と体をこわばらせて直立不動の姿勢をとった。まるで柱にでも擬態しているかのようで、不自然な恰好だ。
「ヤードの町へ行っていただきます。任務の内容は手紙でお伝えした通りです。できますか」
司教に呼びかけられた若い僧侶は、誰かに背後から胸と喉を全力で引っ張られているのかというほど、コッチコチの直立不動を保ちながら、大胆にも上役たちの前で激しい気炎を吐きはじめた。
「御主の神託に従い、魔族誅滅の務めを給わることまさに恐悦至極っ! ブラザーオルバスと共に、必ずや天界の正義をかの地にもたらし、たとい地獄の業火へ投げ込まれることになろうとも、縊り殺した悪魔の死体を手土産に、必ずやこの地に舞い戻ってくる所存でありますっ!!」
何とも大仰なことである。その場にいた者たちは呆れかえるしかなかった。
「……本当に彼で大丈夫なのか」
「誰だ、あいつを呼び出したのは」
「仕方なかろう。すぐ転びそうな奴よりかはマシだ」
「むしろあっちに転んでくれたほうが――」
「滅多なことを言うもんじゃないよっ」
各々、胸に抱いた不安を隠しきれず、隣の席同士でささやきを交わす。たしかに犬は飼い主に忠実なほうがありがたいに決まっているが、こちらがけしかけもしないうちから脊髄反射で吠えまくる奴は扱いに困るし迷惑だ。
そんな彼らの心情をどこまで察しているやら、若者は口元を引き結び、顎を硬直させ、最初の位置から決して微動だにせずじっと指示を待っている。
「現在、ヤードの町はどのような状況下にあるか、詳しく分かっておりません。確実な情報を手に入れる必要があります。必ず任務を果たして帰還するように」
司教が淡々とした口調で告げたとたん、直立不動男は突然ボロボロ涙を流しだした。何がそんなに感動的なのか。身に余る光栄とでも言いたいのだろうか。異様な光景に
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