デテイケ

自分を特定出来るような情報は伏せる。Sさんへの取材条件はそれだった。
さらに万全を期すため、この話の内容にはいくつかフェイクも含まれている。

ただ、「本筋」に当たる部分に関しては全てありのままを記述させて頂いた。
その点を念頭に入れた上で、ご覧いただきたい。

「わりぃな妙な条件付けて。俺も、まあ、色々あるからよぉ」

そう言って呵々と笑うSさんは、平たく言えばカタギではない。
北は北海道、南は沖縄まで。全国各地、津々浦々を気の向くままに歩き回り、「仕事」を行う。
連続空き巣窃盗犯。それがSさんの生業「だった」。

「職業聞かれた時は自営業、って答えてたな。間違っちゃいねぇだろ?」

もちろん、これはあくまで過去の話だ。
紆余曲折の末に結局お縄頂戴となったSさんは、「お勤め」を終えてからは真っ当に働き始めた…らしい。

「金は盗んだがタタキやコロシはやんなかったお陰か、まぁなんとかジジィになる前にゃシャバに戻ってこれた訳よ。」

Sさんの過去の仕事に纏わるエピソードは、一個人としてはどれも興味深いものであったが、今回の目的とは外れるため割愛させていただく。

放っておけば日が暮れるまで、いや日が暮れてもなお語り続けそうなSさんに、おずおずと本題を切り出す。
その瞬間、陽気によく笑い、よく食べるSさんの表情に、初めて影が差したのが印象的だった。

「おう、分かってる、忘れてねえって。『人形』の話だろ?」
今から話すから、これだけ飲ませてくれや。
そう言って、Sさんは目の前のグラスを一気に飲み干した。


暑い夏の日、だったと言う。
その日、Sさんはあるアパートに向かっていた。もちろん、「仕事」のためである。
目的地は築ン十年になろうというオンボロ。
その一室…おそらく、成人男性の一人暮らし部屋…が、ターゲットだった。

「そんなボロ屋を狙う空き巣が居るかって?いやいや、そこが逆に狙い目なんだよ。セキュリティが甘ぇからな。俺ぁ別に一攫千金とかにゃ興味ねえんだ。狙うのはいつだって現ナマよ。諭吉の5,6枚だって時給換算すりゃあ中々のモンだろ?」

質より量、というのがSさんのビジネススタイルだったようだ。
ともかく、Sさんは苦もなくアパートの裏手に忍び込むと、排水溝の配管や室外機やらを使ってするすると二階へと登る。
標的部屋のベランダに到着すると、下調べ(法に触れるためか、流石に詳細を教えてはくれなかった)の際に既に鍵を開いておいた窓に手を掛けた。

一番最初に違和感を覚えたのは、その窓を開けた瞬間だったと言う。

「ふわーってな、部屋ん中から涼しい風が吹いてきたんだよ。まあ、そこまでなら時々ある話だし、不思議でも無ぇが」
当時の酷暑はそれはそれは酷いもので、例えば留守中もクーラーを掛けっぱなしにしておく家もあった程だ。
高い家賃を払っているとも思えないこの場所でやるにはいささか豪勢ではあるが、単純にクーラーの消し忘れという線もままある。

「それよりもやべぇ、と思ったのは、中にまだ誰か居るのかも知れねえ…って事だな。不在は一応、確認済みだったけどよ」
こんな仕事だ、慎重に慎重を重ねるに越したことは無い。
窓の向こうから、ゆっくりと室内を観察し始めたSさんは…綺麗な銀の巻き髪をした影を見つけ、思わず身を固くした。

……………銀髪? 巻き髪?

人がするにしてはあまりにも珍妙なその出で立ちを訝しんだSさんは、改めて室内を確認した後。鼻で笑った。

「なんのこたねぇ、ただ人形が置いてあっただけだ」

置いてあった、というよりは、飾られていた、というべきか。
粗末なベッドの脇に置かれた椅子の上に、それはちょこん、と鎮座ましましていた。

豊かな銀髪を湛えた、少女の人形。
大昔、少女漫画原作のアニメとかで見かけたような、お嬢様めいた優雅なドレスを身に纏ったその姿は……

ぞっとするほどに、美しかったと言う。

(さてはここの兄ちゃん、人形オタクって奴か? いい趣味してんなぁ。しかしよく出来てるぜこりゃ)
邪魔者の不在を確認し平然と部屋へと侵入したSさんは、興味本位でしげしげと人形を眺める。
わずかに俯いた人形、ほのかに微笑んでいるようにも見えるその顔の造形の精巧さと言ったらどうだ。
それにこのきめ細やかな肌。
手の指がガタガタしてる(注:おそらく球体関節の事か)のがやや気にはなるが、相当高価な代物に見えた。

そんな高そうな人形なら、それを盗んでいこうとは思わなかったんですか?
ふと浮かんだ純粋な疑問を口にした所、Sさんはニヤリと笑った。

「まぁ持ってく所に持ってったらそりゃあいいカネにゃあなるだろうがな、兄さん、そりゃ軽率ってもんだぜ。例えばよ、そんな類の代物は「仕事場」のあっちゃこっちゃに転がってんだよ。高級時計とかな。けどそいつぁ
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