あの頃から君は眩しくて

無人駅に降り立つ
セミの鳴き声がうるさいくらいに響きわたっている
駅以外には田んぼがほとんどの視界を埋め尽くし、民家は小さく見えるぐらい
風景に全く合わず浮いてしまっている都会で見慣れたピカピカの自販機から購入したジュースのプルタブを上げ、ふと思い出す
自分が今ここで親の迎えが待っている理由を





自分が故郷の田舎から離れた理由は単純で、親が都会の方へ転勤になったからである
まだまだ幼い自分にとっては衝撃的なイベントであったが、それに逆らうことなんてできるはずもない
数少ない友達や近所の人に盛大な送別会をしてもらい、俺はこの土地を離れることになった
電車を乗り継ぎようやく着いた都会は田舎から出てきた自分にとっては新鮮なもので満ち溢れていた
田舎じゃ考えられないほどの量の人や車、商品が沢山並んでいるお店
ぐるぐる回る歯車のような街の雰囲気は最初の頃には受けいれられなかったが、それも徐々に慣れていった
中学、高校、大学と進むにつれて田舎のことなどすっかり忘れ、都会の色に染め上げられた頃、転機が訪れた
なぜだかわからないが、大学を卒業するまで就活が上手くいかず、どうにもならなくなったのだ
濁った目で面接や試験に向かい、どんよりオーラをまとわせて帰ってくる、そんな息子の様子を見かねた両親にとある提案をされた

お父さんがまた転機になって田舎に戻ることになったんだがついてくるか?

このまま都会で終わりの見えない就活を続けるのも嫌になってきていた俺はどうにでもなれとヤケクソ気分でそれを了承した
田舎の方が仕事は無いのは分かっているのだが気分転換にはなるだろうという甘えも混ざってはいるけれど
予約してある面接がまだ残っていたので両親に遅れて都会を出て10年ぶりぐらいに長い旅路に出発した





汗を拭い、ジュースを飲みながら思い出に浸っていると視界の端に都会ではほとんど見ることのなかった軽トラがこちらに向かって走ってくるのが見えた
小さい頃に幼馴染と荷台に乗ってはしゃいでいたことを思い出し、なんだか懐かしい気分が込み上げてくる
すっかりうろ覚えになってしまった小さい頃に過ごした日々を思い出していると小さかった車の影がもう目の前に来ていた
手回し式の窓越しに見える父親の姿を確認すると助手席に乗り込んだ

 「このあたりは全然変わってなかったな、懐かしいだろ」
 
父の言葉に苦笑いを浮かべつつ頷く
汗をかいた若者としわが出てきたおじさんを蒸し暑い車内に乗せて軽トラは走り出す
ガタガタ揺れる車内から窓の外に流れる田んぼばかりの風景をぼんやり眺めていると父親が何か思い出したかのように口を開いた

 「そういえばお前が小さい頃に仲良くしていた美咲ちゃん、まだこのあたりに居るそうだから顔でも出して来たらどうだ?」

懐かしい思い出がよみがえる名前を出す父に俺はジト目で無言という名の返事をする
10年程度も接していない人に今更なんて言って会えばいいか分からないだろう、それ以前に相手は異性なのだから会っても共通の話題を振れる自信もないので気まずくなるだろうと思う
……可愛らしくて元気いっぱいだった彼女の事だ、もう良い人を見つけているだろうしな





幼い時に過ごしていた家も出てきた時と特に変わらずなんだかタイムスリップでもしたような感覚に陥る
昔ここに寝泊まりしていた時の出来事が次から次に脳裏に浮かんでは消えて行ってを繰り返す
何もかもが輝いて見えて毎日が宝物のような日々、元気いっぱいで一緒に色々なことをしてくれた幼馴染が居たあの日々
それに比べて上手くいかない現実に色々なものが色あせていくような毎日と面接と履歴書の作成に追われて友人の遊びの誘いを断り続ける自分自身のという差に胸の辺りがモヤモヤしてくる
どうやら部屋に漂う畳と木と少し埃っぽい匂いと外から入ってくる草と土の匂いのせいかノスタルジックな気分になっているようだ
こうやってすっかり小さくなってしまった自分の部屋で横になっていては何かを始めるまで思考が無限ループに入ってバグりそうなので外で散歩でもしようか
そんな風に頭の中のマイナス部分を振り払うように立ち上がると唐突に部屋のドアが勢いよく開いた

 「望!久しぶり!こっちに帰って来たって聞いたから遊びに来たよ!」

思わずビクっと震えてしまったが自分を驚かせた本人にはもっと驚いた
幼い頃、一緒にあちこち走り回っていた幼馴染本人がかつてと同じように自らやってきたのだから
変わらぬ背丈と平たい胸、モフモフな毛に覆われた獣の腕と山羊のような蹄
唯一成長しているささくれた角と少し明るい茶髪
背丈に合った白いワンピース姿
バフォメットの八重葉美咲

 「あっ、間違えた!望、久しぶりなのじゃ!」

 「間違えたって……お母さんの真似事?」

かつ
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