海のど真ん中
見渡す限りの水平線
海、波、空、雲、太陽以外に見えるものはない
そんな景色の中、一艇の一人で乗るには少し大きい船が浮かんでいる
マストは無く、ボロボロになっている一対の手漕ぎ用の木のオールが仕事を果たさずに半分ほど海に浸かっている
船の持ち主と思われる少し肌がやけているガタイのいい男が胡坐をかいて海に釣り糸を垂らしている
「………何日経ったか忘れたが、流石に退屈だなぁ」
男が傍らにある小さ目の樽の蓋を開け、足元にあるコップのような物を拾い上げ、中に突っ込んで、水と思われる液体を汲み、口に運ぶ
樽に繋がっている青く光るパイプと漏斗のような物は知る人が見れば、雨水を飲み水に変えるマジックアイテムだということはわかるだろう
「しかし、飲み水が無くなってくれば船が沈まない程度に雨が降り…」
男が口を閉じる前に釣竿の先がクイクイと沈む
慣れた手つきでそれを釣り上げると握りこぶしほどの太さの魚が釣り針にかかっていた
「腹が減ってくると魚が釣れる」
魚から釣り針を外し、暴れないように〆てからテーブルともいえないような台の上に置く
「海神様のご加護があるとしか思えねぇ状況だな」
そう呟いた後に彼の信仰する神に感謝の祈りを捧げる
その後、前に船の近くに流れていた海藻を水樽とは別の樽から取り出す
釣り上げた魚と海藻は生食でも食べれるものなので男は黙々とその二つを口の中へ運んでいく
全て食べ切り、再び感謝の祈りを捧げた後、水を飲んで一息ついた男が再び呟いた
「やはりあの時あいつらを助けてやったのは間違いなんて思えねぇな」
男はしばらくの間長くなってきた無精ひげを撫でながら考えるが、満腹で眠くなってきたのかごろんと横になりそのまますやすやと寝息を立て始めた
男がこうなった原因というのは2ヶ月ほど前に遡る
彼はとある街のしがない漁師であった
住んでいた街は魔物に関しては不干渉の姿勢で、主神よりも暮らしに身近である海神への信仰の厚く、平和な街である
最近、王様の代が変わり城下町やその周辺では主神への信仰の方が強まっているらしいが、首都から遠いこの街ではほとんど無関係であった
海を愛し、海神への信仰も厚く、私生活はともかく仕事に関しては真面目な彼であったが、宴の席で酒に酔った親友があることを漏らしたのが事の発端である
「俺さ、実は最近恋人ができたんだ」
同じ漁師で共に遠洋に出かけることもある親友であるが、お互い浮いた話もなかったために男は驚いたが、豪快に笑い酒をもう一杯勧めながら彼の肩を叩いてまるで自分のことであるかのように喜んだ
男には家族が居なかったが、酒を酌み交わす友人、酒場の飲み仲間、自分の仕事を支えてくれる街の人達を家族のように大切に思っており、まるで自分のことのように嬉しかったのだ
「おうおうそいつは良い話じゃねーか、お前と酒を飲める理由が増えるってもんよ」
いつもなら二人して馬鹿笑いするところなのだが、友人は逆に気まずそうに苦笑いをするだけだった
不審に思った男が理由を聞くと、友人は少し考えた後、口を開いた
「………実はその恋人……人魚なんだ」
男にだけ聞こえるような小声で伝えられた事実に彼はぎょっとする
このあたりはまだ魔物が魔物娘に変化したことを知らない者が多いという理由もあるが、それ以上に最近この街では「人魚」という言葉を口にしたがらない理由があるからだ
それはこの地域に住む貴族が「人魚の血」を求めて血眼になっているからだ
その貴族の妻と子供が不治の病にかかってしまい、もはや打つ手立てもなかった
しかし、万病の薬どころか人間を超える寿命をも得ることのできる人魚の血であればなんとかなるだろう、医者にそういわれた貴族は何世代も前に人魚と交流があったと言われているこの街を拠点に手段を選ばず人魚を探していたからだ
人魚に関する情報を持っている者に関して快く提供してくれる人には報奨金を渡すが、少しでも拒むと徹底的に罰を与えようとするからだ
だが男は驚いたのは一瞬で、直ぐに満面の笑みに変わり、親友の杯に酒を注いだ
「今のご時世それは厄介なことかもしれんが、お前に恋人ができたことには変わりねぇ」
「俺は何があろうとお前の味方だ、今日は俺の奢りだ」
友人は男の反応に安堵したのか顔に笑みを取戻し、杯の中身をグイっと飲んだ
それから2週間ほど経った後、どこでばれたのか男の友人は貴族の私兵に追われる身となっていた
男はもしかしたら自分との会話でばれたのかもしれないという引け目もあるが、大切な友人が危機に陥っているということで友人とその恋人を自宅に匿い、逃亡の手助けをした
準備が整い、人も寝静まった時間に三人は港の端に居た
「あれもこれもしてもらった上に恩も返せる
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想