山に怪物が現れた。
そんな物騒な話は、すぐに山の麓にある小さな村中に知れ渡った。
何でもその怪物はとてつもなく凶暴で、そしてべらぼうに強いという。
腕に自信のある者が、その怪物を退治すると山に入っていった。
しかし、それっきりその者は戻ってこなかった。
又之助という若い男が、ある日川辺を通りかかると、一人の若い女に出会った。
その女はどうやらたいそう腹が減っているようで、又之助は自分の弁当を女に分けてやった。
弁当を食い終わると、その女が又之助にこう言った。
「私は旅の者なので何も差し上げられる物も無いが、剣の腕には自信がある」と
どうやら女は剣士であったようだ。
しかしながら、又之助にとってみればそんな大層な事をしたつもりもなかった。
なので礼は結構だと言ったのだが、女の方も簡単には引き下がらない。
しばらく押し問答を続けていると、又之助はある事を思い出した。
「そういえば、最近この近くの山に怪物が住み着いたらしい」
「ならば、私がその怪物を退治して来てやろう」
村の中には、その怪物に立ち向かうだけの力は無かった。
山に入る事が出来ず、日々の暮らしに難儀する又之助にとってみれば、願っても無い申し出であった。
それならば、よろしくお願いいたしますと、又之助はその女に化け物退治を頼んだのであった。
しかし、その女もまた、山の中に入ったきり待てども待てども戻ってくることは無かった。
又之助は、女もまたその化け物に取って食われてしまったのかと気が気ではなかった。
その場の勢いで、女に無理難題を押し付けてしまった。そして女を死なせてしまった。
強い自責の念にかられた又之助は、毎日村の外れの社に足を運び、女の無事を祈った。
一日、また一日と、一度も欠かさず女の無事を祈ったのだが、結局女が戻って来る事は無かった。
だが、変化も現れた。
どうした事か、山の怪物が居なくなった、と言う話が村に舞い込んできた。
村長の言い付けを破ってこっそり山の中に入った者達が、その様子をつぶさに報告した。
巨木が何本も叩き折られ、そこかしこに血が飛び散った後や、刀傷とおぼしき切り傷などが見つかったと言う。
それを聞いた又之助は確信した、ああ、あの女の剣士がやったのだろうと。
それから皆で様子を見ようと言うことになり、又之助もそれに参加する事にした。
山の奥へ足を踏み入れしばらく進むと、そこには異様な光景が広がっていた。
報告にあったように、木々が乱暴になぎ倒され、辺りには刀傷や大きな爪跡など激しく争った形跡が見られる。
又之助達は呆然とその光景を眺めていたが、どうやら本当に化け物が居なくなった旨を確認出来ると、皆黙って山を降りていった。
「あの人はどうなった…?」
又之助も必死であの女剣士の手がかりを探した、しかし、結局何も見つける事が出来なかった。
失意のうちに山を跡にする又之助であったが、ふと足元に目を落とすと。
「血の跡が…」
点々と、血の跡が山奥の方向へと続いている。
ひょっとすると、あの剣士のものだろうか、それとも、まさか化け物がまだ生きている?
「……」
しかし、又之助は…唯一と言っていい手掛かりから目を背け、皆と共に山を降りたのだった。
もし血の跡を辿れば、あの剣士に会えるかもしれない。
そんな一縷の望みよりも、又之助の心を支配したのは恐怖だった。
もし、もし跡を辿って見つけたのが例の化け物だとしたらどうする?
手負いの獣は、時として想像以上の力で立ち向かって来る。
それが化け物であったらどうだ。
「すまぬ…」
己に出来る事など、何も無いではないか。自分はただの農民だ。
またいつもと同じ日々が始まる。あの女剣士には悪いが、これ以上はどうする事も出来ない。
早く忘れた方がいい、と又之助は自分に言い聞かせていた。
それから、しばらくは不安な日々を過ごした村民達であったが、どうやら本当に化け物は居なくなったようだった。
もう山に入って仕事をしても良いだろうと許しも出たので、またいつもと同じような生活を取り戻す事が出来た。
又之助も、あれからあの女剣士の事を考えるのをやめて、毎日仕事に精を出していた。
むしろその事を考えないようにしているのかもしれない。何も語らず、一心不乱に働いていた。
ある日、木を切りに山に入った者が妙なものを拾ってきた。
それは、一本の刀であった。
刃毀れが酷く、全体に浴びた血のようなもののせいで錆付いており、最早本来の機能を果たせないであろうその刀。
「あの人のものだ…」
ひと目見ただけで、又之助はその持ち主が誰なのかわかった。
しかし、おかしな話である。その刀を拾った辺りは、前に皆で山に入った時に既に探しつくされていたのだ。
「
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