「1人を助けるために10人を死なせてはならない…」
そう呟いたのが聞こえた。だがそれに応える暇はない。
何故ならそう呟いた人…ラレィは、手を止めずに手術を行っていた。
外科的な処置、と言えば聞こえは良いが、
実際の所行われているのは負傷した四肢の切断術が主である。
野外で開放性の外傷を受けた時、6時間以内に手術を受ける事が出来た場合、
傷口からの感染のリスクが小さい。ので外科的に縫合して閉鎖する事が可能である。
これを「ゴールデンタイム」と言う。
これを過ぎると、最近汚染などが進み縫合するのは難しくなってくる。
従って衛生隊は負傷兵の捜索、移送、止血を行い、
6時間以内に野戦病院に運ばなくてはならない。
衛生隊では、多くの人数が患者を迅速に運ぶという仕事に充てられる。
それは手術開始までの時間を短縮し、機動力を伴う軍隊の行動に適応する為である。
「縫合は終わったな。よし、デュラン」
「はい」
「休憩しよう…音が止んだ、戦いは終わったようだ」
言われてみれば…今まで聞こえていた喚声や砲火の音が止んでいる。
ここは戦場から川を隔てた後方にある衛生隊の野戦病院である。
私はそこでこの隊長であり軍医…ラレィが指揮する衛生隊に所属している。
川を隔てているとは言え、どんどん負傷兵が運ばれてくる状況である。
総員340名以上の我等衛生隊は朝から目の回るような忙しさだった。
これでもかなり前線に近づけて貰えたんだよ…とラレィ隊長は言う。
他の国の従軍医達はもっと後方の安全な場所に留め置かれている。
何故このような危険な場所に居るのか…それは部隊を指揮するラレィの悲願
無差別型のトリアージ(選別)を行う為である。
「さっきの言葉の意味かね?」
粗末な天幕の中で、私ことデュランはラレィ隊長と同じテーブルに座っていた。
紅茶でも…と思ったがそんな気の利いたものがあるハズも無くコーヒーを飲む。
朝から休む暇も無かったので、一息入れる事が出来て良かった。
お互い手術時の格好のままである、
血まみれの白衣や飛び散った血が足や腕に付着し不衛生極まりない。
衛生隊としては本末転倒だな…とお互い笑いあった。
何気ない話を続ける。しかし私はふと先ほどの手術中にラレィ隊長が呟いた言葉がどうしても気になってしまう。
思い切って聞いてみる事にした。
「はい…確か1人を助けるために…」
「10人を死なせてはならない」
「そうです」
聞かれたくなかったのか、先程まで笑みを浮かべていたラレィ隊長の表情が曇る。
失敗だったかな…と内心後悔した、話題を変えようとあれこれ悩んでいる内に隊長が口を開いた。
「ある将軍に言われてね、攻囲戦に参加した時だ。重傷者を後回しにし、
戦列復帰可能な軽傷者の治療を優先しろと」
「差別型のトリアージ…ですか」
「うむ…それをやれと言われてね、食って掛かった私に言ったのがさっきの言葉なんだよ」
ラレィが指揮する衛生隊の理念…それは無差別のトリアージ
身分の高い者も低い者も同じ扱いをする。
戦場医療の場でも、平等・博愛と言う精神を具現化すべく、
従来のように金持ち優先の治療では無く、
差別をしない、つまり階級、社会的地位、国籍、人種(ここでは魔物も含む)を問わず、
医学的な観点のみで患者を選ぶと言う意味である。
「まあ、あの時は今回のように敵から出向いて来てくれた訳でもないし、
こっちから敵国内部へ深く侵攻した戦いだったからね、
将軍の言う事は最もだったと思うよ」
「そうなんですか?」
差別型のトリアージを行ってしまった戦いの事をラレィ隊長は多く語ろうとはしない。
「じゃあ君に質問してみよう、君は軍団の司令官で遠く離れた敵国へ侵攻している。
しかし補給路が敵に脅かされている、
更に本国からの補充も受けられない状況で、君ならどうやって兵力を補充するかな?」
「えっ…いきなり何ですか」
唐突な質問だった…少々困惑してしまう。
しかし彼の問い掛けが答えに繋がるのは私にも理解出来る。
必死に頭を働かせる…が、やっぱり考えが纏まらないなぁ。重労働後の、しかも寝不足だし。
「現地民の兵士や傭兵を雇うとか…」
「その答えは論外だね、君が軍の司令官じゃなくて良かったよ。本当に…」
そう言ってははは…と静かに笑う。
私が必死に頭から搾り出した答えは失笑モノであった。
どうもこの人はどこまでが本気なのか冗談なのか…わからない。
不思議なオッサンである。あ、オッサンって言っちゃった。
「誰がオッサンかね、全く君には上官に対する敬意と言うもが欠けているんじゃないかと前々から思っていたんだよ」
「いや、その…すいません」
何故わかった。実際かなり高齢だったハズなのに。
今でも第一線で活躍している
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