とある暖かい陽光が降り注ぐ気持ちのいい日に、彼女は私の前に現れた。
その時、私は椅子に腰かけ紅茶の香りを楽しみながら本を読んでいた。紙面が陰ったので、ふと顔を上げて見たものは、一人の可愛らしい少女だった。
その美しい容姿と柔らかな頬笑みに、私は一目で魅せられたと言えよう。
しかし彼女は、明らかに人間ではない。
私は一流とは言えないにしても、それなりの量の書物を読み、知識を得て、拙いながらも魔術を習得し、一度ならず(低級なものではあるが)魔物を退治した経歴を持つ。
今となっては足を痛めただ隠居している身に過ぎないとは言え、知識の探究や、魔術の研鑚を怠ったことはない。
故に、私は知っている。彼女は「アリス」と呼ばれる、珍しい「魔物」だ。それもサキュバスと呼ばれる上位の悪魔、その一種。
左右の側頭部からは角が生え、耳は先の尖った一般的な魔物のそれで、背には翼と尾が生えている。
魔物としては上位に位置するが、「性交に関する知識を全く持たない」「自らの食料が男性の精であるという事すら知らない」という奇妙な特徴を持つ。
意識的に人間の男性を襲いはしないはずだが、無意識に発せられる「誘惑の魔力」は徐々に心を蝕み、果てはサキュバス同様、相手をインキュバスへと変貌させてしまうほどの魔力を持つ。
私の彼女に対する感情は、彼女の発する「誘惑の魔力」によるものだと理解している。そう、理解してはいるのだ。
しかし…本当に、それだけだろうか?
魔術により不意を突かれたとしても対処できるよう防壁を張っていたとはいえ、彼女は上位の悪魔である。第一、付近に張っていた結界を無視するかのように庭へ侵入しているのだ。防壁など役に立っているはずもない。
それに、彼女の魔力は確かに強力なものであるが、あくまでその性質は微弱なものである。一朝一夕はおろか、一瞬で魅了されるような力ではないはず。
自分でも理解できない感情の奔流に呑まれている間、彼女はそこに佇み、微笑んでいた。
「こんにちは、初めまして」
ただ、一言だけを口にして。
彼女は、まるで子供のようだった。
私は実験のつもりで、彼女のために一冊の絵本を取り寄せた。とある国の王子と平民の娘が恋に落ち、しかし報われずに終わるというどこにでもあるような陳腐な物語だったが、だからこそ彼女の内面を知るには丁度良かった。
彼女は王子と娘が口付けする場面で顔を赤らめ、二人が騎士達に追われる場面で表情を曇らせ、物語の終焉として二人が永久に別たれる場面で涙した。
実に感情豊かで、表情がコロコロと変わる。
始め、お腹が空いたと上目使いに食事をねだられた時はやはり淫魔かと気を引き締めたものだが、襲ってくることなどなく笑顔で料理を口にする様は無邪気な子供そのものだった。
書物に没頭し構ってやらなかった時など、頬を膨らまして駄々を捏ねられた。本を閉じた時の嬉しそうな笑みは、忘れられないほど可愛いものだった。
絵本を読み終えた際、瞳を涙で濡らしながらも無垢な頬笑みと共に「ありがとう」と言われた時には、己の醜さを突き付けられたような気すらした。
また一度ならず、深夜彼女は私のベッドに潜り込んできたことがある。無論、私は身の危険を感じ身構えたものだが、当の彼女は生まれたばかりの小鹿のように震えながら「怖い夢を見た」などと言い、柔らかな頬を私の胸元にすり寄せてきた。その幼気(いたいけ)な様は保護欲を刺激し、微かに香る甘い香りは、彼女が女性なのだと強く意識せざるを得ないほどの情欲を感じさせた。
無意識の誘惑なのか、はたまた信頼の証なのか、彼女は私の胸の中で安らかな頬笑みと共に寝息を立てた。
そんな生活が、どれだけ続いただろうか。
過ぎ去る日々を指折り数えた訳ではないが、幸せな時間は坦々と、淡々と流れて行った。
そんなある日、私は自分の認識に異常を覚えた。
深夜の、それも私の隣で体をすり寄せ眠る彼女に情欲を感じたことはあったが、日も高く明るい時間にまで、私は彼女を「欲して」いることに気付いたのだ。
始め、それは感情として、しかし次第にそれは熱い吐息に混じり、遂にはこの身を、血を熱く昂らせた。
彼女は彼女なりに私の異変を感じ取ったのか、時折心配そうに私を見つめた。その瞳に、恐れすら抱いた。私はこんなにも純粋にして無垢な少女を、組み伏せ、穢し、嬲り、犯し、汚れた精に塗れさせることを望んでいる。その事実が、私は怖かった。
私はこんなにも獰猛な人間だったのか、私はこんなにも嗜虐的な男だったのか。
女性と肌を重ねた経験がない訳ではない。しかし、こんな欲求は初めてだった。
想像しただけで、背徳感に胸が震える。まるで舌舐めずりする蛇のように、彼女を求めている。
私は、壊れてしまったのだろ
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