「シグレ……逢いたかった……」
そう言いながら現れたのは、かつてシグレを絶望のどん底に叩き落した女・フィーナ。だが、彼女に対しては怒りの感情は残っているものの、同時に彼女に対する恋慕が残っているのも事実である。
だから、フィーナに抱き着かれたとき、シグレはすぐに彼女を突き放すことが出来なかった。
「シグレぇ……うわぁぁーーーんっ!」
シグレの胸に顔を埋め、わんわん泣くフィーナ。
「ぐすっ、ひっく……ごめんなさい……ごめんなさい……」
過呼吸になりながら、謝罪を繰り返すフィーナ。どれほど謝ったところで、自身の罪が消える訳ではない。それでも、謝らずにはいられなかった。
一方のシグレは、複雑な表情である。それは、そうである。いくら恋慕の情が残っているとはいえ、今更何ができるというのだろうか。
「シグレっ、シグレぇっ……うわぁぁっ!」
何かを話そうにも言葉にならず、全て泣き声になってしまうフィーナ。この状態が落ち着くまで、あと1時間はかかるのであった。
「で、少しは落ち着いたか?」
「ぐすっ……ごめんね。みっともない所、見せちゃって」
相変わらず、泣き顔のフィーナ。だが、シグレはそれに不快感を示す様子は無い。思い返せばシグレにせよフィーナにせよ、破綻する前にここまで感情をむき出しにした事があっただろうか。お互い、対話が圧倒的に足りなかったのではないか。
「……もっと、話をすれば良かったな。俺が、フィーナをないがしろにしたから」
「違うのっ、私が馬鹿だったからっ……もっとシグレを信じて、私があんなことをしなければ……」
口を開けば出てくる、お互いの後悔の念。だが、何を言っても今さら罪が消える訳ではない。それでも、いや、だからこそ次に進んでいかなければならない。それが、どんな結果になるにせよ。
「今なら、自信をもって言える。シグレの事が好き。誰よりも愛してる。もう一度、やり直したい」
「フィーナ……」
フィーナの言葉に、シグレはしばらく無言になる。そして、重苦しい雰囲気で、再び口を開く。
「フィーナ。俺も、お前が好きだ」
その言葉を聞いた瞬間、フィーナの表情が少し綻ぶ。
「じゃあ……」
「ただし」
しかし、シグレはフィーナの両肩を掴み、そっと身体を引きはがす。
「……ただし、やり直す事は、もう出来ない。俺にはもう、ルカが居る」
シグレのはっきりとした拒絶。彼の言葉に、フィーナは固まってしまう。
「こうやってると、フィーナとの日々を思い出すんだ。楽しかった事も、たくさん。でも、俺は自分の事ばかりでフィーナをないがしろにして、他の男に盗られて……こんな俺みたいなゴミ屑でも、俺を救ってくれた人がいる。俺は、その人に報いたい」
シグレのはっきりとした決意。強い意志をたたえた瞳に、フィーナはもう何も言えなかった。ただ、目からぼろぼろと涙が落ちるのを、止めることが出来ないでいる。
「俺はもう、怒ってないから。全部許すから……フィーナはフィーナで、幸せになってくれ。だから――」
サヨナラ。シグレはその言葉を告げると、フィーナをそっと引きはがし、背を向ける。
「嫌。待って……」
やっと、その言葉だけを発して、フィーナはシグレに向かって手を伸ばす。しかし、彼の背は、はっきりとした拒絶を示していて、それ以上は追いかける事が出来なかった。そして、シグレ自身も一度も振り返ることなく、フィーナを置いてその場を去った。
*****
「シグレ、お帰りー。ご飯にする? それとも――」
帰宅したシグレをエプロン姿で迎えるルカ。笑顔で迎えてくれる彼女を目の当たりにして、シグレは自身の心のもやもやがすうっと消えていくような感覚を覚えている。
(やばい、良い女すぎる……)
先ほどはあのような事があったからだろうか。可愛い彼女の出迎えに、ふと涙腺が緩くなるシグレ。今や最愛の彼女が愛おしくなり、彼はルカに抱き着いた。
「もう、シグレったら甘えん坊さん♪」
ルカの方も、シグレを受け入れ、抱きしめ返す。ドッペルゲンガーである彼女は、今やフィーナと心の感覚が共有されている。だから、シグレに何があったのかはある程度は把握できていた。そして、シグレがどれだけ心の痛みを抱えていたのかも。
「今日は、シグレの大好物だよ。早く一緒に食べよっ」
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