プロローグ

 時は古王国時代。砂漠に反映していた国、アルムギアが外敵によって戦火にさらされ、滅亡への道を辿っていた時の事である。


「もはや妾の国は終わりか」

 ファラオの間にて、首都防衛線陥落の報を受けていた女王・カザリーネは覚悟を決めていた。もはや敵を防ぐ手立ては何も無かった。

「女王様、早くお逃げください!」

 今日まで傍に仕えていた神官長が、慌てふためきながらカザリーネに声をかける。だが、彼女は静かに首を振った。たとえ逃げ出したところで、頼るべき場所はどこにも無いのだ。今さら逃げても無駄である。

 彼女は、今までの事を思い返す。父王の一人娘であった彼女が王位に就いた時、既に外敵の脅威が迫っていた事。度重なる外敵の撃退戦と飢饉で国が疲弊していった事。一体どこから軍事費を得ているのか、波状攻撃をしかける相手に対し、こちらは軍備でどんどん国力を削がれ、遂には滅亡へと向かってしまった事。一体、自分に何が足りなかったのだろうか、と彼女は思い悩んだ。

 だが、既に敵兵は王宮にまで達している。もはや後悔している暇は、無い。

 その時、ファラオの間に、一人の青年が駆け込んでくる。カザリーネの幼馴染であり、軍部の長を司る将軍・ラルフである。カザリーネが信頼している部下であり、同時に彼女が密かに恋焦がれていた男。

「配下の者が持ちこたえていますが、もはやこれまでです! 女王、早く奥に……」
「……うむ、分かっておる」

 悔しそうな表情を浮かべながら、カザリーネに言葉をかけるラルフ。しかし、女王を敵の手に渡す訳にはいかない。ラルフは泣く泣く女王に言葉をかける。

 実はラルフも、女王の事を密かに想っていた。だが、主と配下である彼らは、身分が違いすぎた。それに、戦乱真っ只中の世の中、恋に現を抜かす余裕は無かった。

「女王、申し訳ございません。俺の不甲斐なさが、このような事態を……」
「何を言う。妾こそ、至らぬ女王であったぞよ」

 お互い言葉を紡ぎながら、見詰め合う。それ以上言葉を交わさなくとも、お互いの言いたい事は分かっていた。彼らは、今生の別れともいうべき言葉を、相手の心に投げかけていたのだ。

(現世では結ばれませんでしたが、今度生まれ変わったなら、きっと……)
(妾はいつでも待っておるぞよ。ラルフと、再び巡り逢えるのを……)

 しばらくジッと見詰め合った後、ラルフは不意にカザリーネに背を向ける。そして、敵が来るであろう方向へと歩んでいく。その背には哀愁が漂っていたが、足取りはしっかりしていた。

「ここは俺が足止めしておきます。女王、早く例の術を」
「分かった。ラルフ、頼んだぞよ」

 今生の別れを済ませた二人は、別々の道を歩んでいく。ラルフは敵兵へと。そして、カザリーネはファラオの間のさらに奥へと。

(……奴らの思惑通りにはさせぬ)

 いくら落ちぶれ、国を滅亡に追い込まれたといっても、カザリーネは紛れも無く神の力を受け継いだ者である。むざむざと敵の手に落ちる訳にはいかない。

「神官長っ! 妾の後について来るのじゃ!」

 彼女は神官長を伴うと、ファラオの間のさらに奥にある儀式部屋に入る。そして、その部屋に具えられた棺の中に自ら横たわると、神官長に最後の命を下した。

「妾を贄に、例の術を使うのじゃ!」
「はっ! し、しかし……」
「グズグズするでない! ラルフの犠牲を無駄にする気か! 誇り高きファラオとして、妾は奴らに捕まる訳にはいかんのじゃ!」

 少し躊躇った後、神官長は結局女王の言うとおりに術を使う。彼女は女王が入った棺の蓋を閉め、呪文を唱え始める。その間も、表からは怒号と叫び声、はては断末魔の悲鳴が響いている。そして、その音がだんだん近づいてくる。神官長は、動揺する心を落ち着け、呪文を唱え続ける。

 そして遂に、術が完成する。神官長は目を見開くと、滅びの呪文を叫んだ。

『……クバド、カレスト、アリ、ジュドル!』

 その瞬間、周囲の柱が粉砕され、王宮が崩れていく。ファラオの間まで迫っていたのだろう、敵兵の悲痛な叫び声が響いていた。だが、もはや崩壊は止まらない。今や、敵兵もろとも王宮は崩れ去り、砂の藻屑へと消えようとしていた。

 いや、消え逝くのは王宮だけではない。かつて反映を誇ったアルムギアの首都そのものが、砂に沈もうとしていた。それは、女王が示した、最後の抵抗であった。女王は自らを神に捧げ、敵兵もろとも道連れにしたのである。



 後の歴史書には、以下の如く記されている。

『――アルムギア暦1035年。アルムギアの首都イラト、砂に沈む。』

 もちろん、これは表向きの歴史書である。アルムギア滅亡からかなり後の時代に書かれたので、当然細かい部分までは不明である。当然、カザリーネ女王とラルフの想いなど
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