***社内***
「幽井君、ちょっと来なさい」
背後から俺を呼ぶ声がした時、俺が思わず天を仰ぎたくなった。
(……うわっ、何かやらかしちまったか?!)
背筋も凍るような、低い声。俺は壊れかけのブリキの人形のように、ギギギッと音が出そうなほどゆっくりと振り向いた。すると、目の前には冷めた表情の女性が居た。
実はこの女性、俺の上司である冬野雪乃であり、四年目にしてリーダーに抜擢されたやり手である。彼女、名前の通り冬の代名詞ともいうべき魔物・ゆきおんなであり、社内では『氷の女上司』と言われている。実際、彼女は社内では普段からツンと冷たく、笑顔を見せる事は無い。綺麗な美貌という事もあり、それが一層怖さを引き立たせている。
彼女に睨まれれば、メドゥーサが石化するよりも早く凍りつくという評判であり、実際に彼女に睨まれれば皆、蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。もちろん、俺も例外ではない。
職場の皆は「ご愁傷様」とでもいうような憐れみの視線を俺に向けている。彼女がこの部署のリーダーとなって以降、何かと俺が怒られ役になっているのだ。まだ新人という事もあり、ミスも多いので仕方無いとは自分でも思っている。
だが、些細な事でも常に氷の視線で怒られるので、正直そこまで怒るのもどうかとも思っている。それに、今回のミスは俺だけの問題ではないと思うのだが。
「幽井君! 貴方、本当に依頼内容の引継ぎをしたの? いつまで経っても折り返しの電話が無いって怒ってたわよ!」
「ほ、本当に根久さんに伝えました。根久さんも『分かった』と言ってたので、電話されたものと……」
「だから、そこを確認すべきでしょうが! 根久君も何件も仕事抱えてるんだから、忘れる事もあるでしょうが! 何で『○○さんの件、どうでした?』とか言えないのよ! これだから貴方はダメなのよ!」
正直、理不尽だと思う。きちんと伝える事は伝えたし、至急の依頼だという事も伝えている。根久さんが忘れたのが原因だと思う。だが、そこまで言える訳が無い。
長時間怒られっぱなしの末、ようやく解放された俺に、先輩の根久が申し訳なさそうにやってくる。
「幽井、すまんかった」
「いえ……」
俺は短く返事をする。この時の心境は、正直に言えば投げやりなものになっていた。内心で腹が立っているのが顔に出ていたのであろう、周囲の人が俺に気を使っているような気配も感じる。
『さすがに、あれは可哀想よね』
『家でも職場でも冬野さんと一緒じゃ、休まる時がないよね』
近くでは、同僚の娘らが俺を哀れんで噂している。だが、彼女らがそのように思うのも無理は無いであろう。実は俺と上司である冬野雪乃は、いわゆる恋人同士であるのは周知の事実である。それも、冬野雪乃から告白し、半ば強引に恋人になった事も知られている。だから、同僚がプライベートでも束縛されて雁字搦めになっているであろう俺を哀れむのも仕方無い。
しかし、実際のプライベートでは、俺はそこまで不自由はしていない。おそらく彼女らには、冬野雪乃の別の顔など想像もつかないであろう。
***玄関***
「ただいまぁ……」
疲れた身体を引きずり、弱々しい声を出しながら部屋に帰宅する俺。それを出迎えたのは、『氷の女上司』である雪乃。
「けーくん、おかえりぃ♪」
裸エプロン姿で甘ったるい口調で出迎える、雪乃。きっと同僚がこの雪乃の姿を見れば、驚愕のあまり卒倒するであろう。実際、俺も初めてこの雪乃を見た時は、思わず固まってしまった。社内でもプライベートでも人を固まらせる雪乃、恐るべしである。
「けーくん、疲れたでしょう? 今日はあんなに怒ってごめんね」
そう言いながら、すがり付いてくる彼女。その彼女に、俺は昼間の怒りを思い出す。といっても、その怒りは雪乃の申し訳なさそうな顔を見て殆ど吹き飛んでいたが。
「ねえ、ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」
定番とも言える台詞を言いながら、雪乃が俺の唇を無理矢理奪う。選択肢を提示しながらも、自分を差し出す気でいるのが伝わってくる。だから遠慮なく、俺は最初に雪乃を選ぶことにした。
雪乃の背に腕を回し、抱き寄せる俺。雪乃も俺の首筋に回した腕の力を強くし、いっそう深々と抱き合う形になる。そしてそのまま、しばらく甘い口付けを交わし続けた。
「あむっ、んっ……んちゅっ、ちゅぅっ! んむっ、んふぅ……」
目を閉じ、一心不乱に唇を貪ってくる雪乃。深く、そして長い口付けの後、彼女はもう堪らないといった表情で俺の足元に跪く。
「んああっ、私もう……」
俺のズボンをまさぐり、チャックを下ろして逸物を引っ張り出す雪乃。先ほどの口付けで、既に俺の逸物は固くそそり立っている。
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