「いい加減、その反抗的な目をやめろ!」
牢獄の看守に蹴られ、シグレは反吐を吐く。とても動けるような状態ではなかった。現在の彼は、牢獄の地面に這い蹲り、看守のいいようにされていた。蹴られるのはまだ序の口で、鞭で体中を打たれても、抵抗一つしなかった。
いや、彼は抵抗できなかったのだ。何故なら、彼の両腕はボキボキに折られ、肘の関節を砕かれていたのだから。
聖騎士時代にその剣名を謳われていた彼を恐れた看守が、抵抗出来ないように腕を折らせて戦闘力を削いでしまったのだ。しかも、適切な治療もさせなかったので、もはや彼は二度と剣を振るえない身体になってしまっている。
そしてこの看守は、三度の飯よりも罪人をいたぶる事が好きな奴であった。実はこの看守、かつては聖騎士を志していた時代があった。だが、入団試験でシグレに簡単にあしらわれ、こっぴどくやられて志を折られた記憶がある。彼のシグレに対する恨みは壮絶なものであった。そのとき依頼、彼の根性は曲がってしまったらしい。牢獄の看守の仕事に就いて依頼、鬱憤を晴らすかのように罪人をいたぶって楽しむような悪癖を身につけたのである。
だが、これはこの看守一人の事だけではない。表では主神の名の下に統治され、良い面ばかりを強調しているが、裏ではこのような汚物がたむろしている。教会の権威をかさに着て、靡かない者は徹底的にいたぶり虐殺する。かつてのレスカティエとは比べ物にならぬ程に堕落した姿が、この反魔物都市マリスに象徴されていた。
そんな看守の元に、罪人としてシグレが放り込まれた。そうなれば、看守の餌食にならない訳が無い。
牢獄に放り込まれたその日から、シグレに対する拷問が幕を開けた。逆さづりにされ、鞭や棒で打たれるのはもちろん、まっさかさまに氷水を張った大鍋に漬けられ、気絶寸前まで苦しめられる。手足の爪を剥がれ、針を打ち込まれる。あるいは足の甲に釘を打ち付けられ、十字架に貼り付けにされる。ありとあらゆる拷問を、この看守はシグレに与えた。
それでも、シグレは弱音一つ吐かない。それどころか、目が合うとシグレは看守に悪態の言葉を並べていたのだ。
「――地獄に落ちろ」
「――お前も道連れに殺してやる」
ありがちな台詞だが、看守を怒らせるには充分であった。罪人を怯えさせて王様気取りで居た看守であったから、この反応は当然である。
「ケッ、手足を縛られて何も出来ない奴が、偉そうに……」
そう言いかけてシグレを蹴飛ばそうとした看守は、不意に顔面を押さえて蹲り、うめき声を発する。シグレが手枷に付けられていた鉄球付きの鎖を振り回し、看守の顔面を一瞬で捉えたのだ。
「この野郎っ!」
看守の悲鳴を聞いた別の番人どもが駆けつけ、シグレを散々に痛めつける。シグレは気絶するまでボコボコにされ、牢屋に放り込まれる。これがきっかけで、シグレは両腕の機能を破壊されたのである。もちろん、縛めが一層厳重になったのは言うまでも無い。
「いよいよ明日だな。どんな面で死んでいくか楽しみだぜ」
処刑前夜、看守はシグレの頭をグリグリと踏んづけながら言葉を発する。
「お前がした事に加えてこの顔の恨み、ついに明日で晴れるという訳だな」
看守は顔をゆがめて笑う。ただでさえ醜い顔であるというのに、以前シグレに鉄球をぶつけられた事で、さらに醜くなってしまっている。世の中に、これほどの醜男が存在するのかと言いたくなるような面であった。
「へっ、箔がついてちょうどいいじゃねえか」
かすかに侮蔑の笑みを浮かべたシグレの顔を、看守は蹴り飛ばす。看守と同様、シグレの顔も度重なる拷問で腫れ上がり、歪んでしまっている。
「その目が気にくわねえ! 殺してやる!」
そう口走る看守であったが、すぐに思い直す。慌てなくても、どうせ明日で死ぬ身である。ならば、もう少しいたぶって死ぬ寸前まで楽しむほうが得である。
「明日になれば、全てが終わる。今、どんな気分だ? 強がっていても、本当は死ぬのが怖いんじゃねえか?」
シグレを見下した看守は、意識して哀れんだ声を発する。傍から見れば、どうかしたのではないかと思う程に。
「どうだ? 死にたくないだろう? お前が俺に服従すれば、俺が上に掛け合って処刑の日を延ばす事も、取りやめにする事も出来るんだぞ?」
まあ、そうなればもっといたぶって楽しむだけだがな、と看守は心の中で笑う。
それに、看守の言った事は当然だが嘘である。公に決まった処刑を、一介の番人が変更できる訳が無い。それでも看守がこう言ったのは、罪人のみっともなく命乞いする姿を楽しむ為である。今までも、そうやって何人もの罪人を騙してきた。絶望寸前の彼らは状況を冷静に判断できず、皆看守に縋りついていたのである
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