『――シグレ捕縛す!』
この知らせは、反魔物都市マリスを激震させた。聖騎士数人を斬り殺して逃亡するという前代未聞の所業をしでかしたシグレが、見事に捕らえられたというのだ。その喜ぶべき知らせに、人々は興奮した。
無理も無い。ここは反魔物都市であり、レスカティエの影響を強く受けた都市なのだ。魔物退治に活躍し、英雄視される聖騎士に敵対した者を捕らえたのだ。人々が興奮するのも無理は無かった。
しかし、喜ぶ人ばかりではない。内心ではひどくショックを受けた者も、中には居た。彼女――フィーナもその一人であった。
「シグレ、そんな……」
彼女もやはり、ルカと同じようにショックを受けている様子である。当たり前である。彼女は、以前シグレと婚約を結んでいた女なのだから。だが、彼女自身の浮気により、シグレは暴走してしまったのだ。シグレがこうなった責任は、彼女にあると言っても過言ではない。
あまりの心の乱れように、彼女は何も手につかなくなる。そして、生きた心地もしなかった日々の末、シグレがマリス連れ戻される日が来た。
居ても経っても居られず、彼女は大通りに出て行く。何時間も待った末に、遂にシグレが大通りを引き回される場面に遭遇する。
ペリージャンからブレッジ、ブレッジから海を越えてフレリアへと反魔物都市間で身柄を渡され、そしてマリスへと護送された彼は、馬車に揺られてやってきた。と言っても、普通の馬車ではない。荷台が檻になっているタイプである。遠目ではあったが、フィーナにははっきりとシグレの姿が見えた。
シグレの姿を見た瞬間、フィーレは心に打撃を受けたようになる。彼女の記憶にある姿よりも、シグレは遥かにやつれていた。頬の肉は削げ、目の下にはクマが広がり、髪はボサボサ、着ている服も所々破れ、全体的に薄汚れている。
シグレの変わり果てた姿を見て、フィーナは涙を流してしまう。自分の罪深さから、彼をここまで追い込んでしまった。そんな意識で一杯になる。
しかし、周囲の人々は違う。彼らにとって、シグレは聖騎士を何人も斬り殺した異端者である。対魔物の英雄たちの対面を傷つけた奴に、容赦する気は無かった。
「この悪魔っ、くたばれっ!」
「聖騎士を斬って、親魔物都市に逃げた裏切り者っ!」
「返せっ! わが子の命を返せっ!」
人々の罵声がシグレに飛ぶ。いや、飛んだのは罵声だけではない。彼らは地面の石ころを握って、次々と檻に向かって投げ始めた。石ころは檻の格子に跳ね返されるが、間をみごとに潜り抜けてシグレに届くものもある。何発もの石に打たれ、シグレはあちこちから血を流している。
それでも、彼は身じろぎ一つしない。まるで、全ての罪を認めて受け入れる。そう言わんばかりの様子であった。
人々の投擲は、市中引き回しが終わって牢獄に到着するまで続いた。
*****
「ふん、胸糞悪い女だ」
牢獄で一人、シグレは呟いた。フィーナの事である。かつての許婚の姿は、シグレからも見えていたのだ。忘れる筈が無かった。自分を絶望に追い込んだ、あの忌々しい女を。
あっさりと裏切ったくせに、今さらどの面さげて顔を見せたのか。シグレには理解不能であった。いや、これだけは分かる。女など、やはり男を破滅に追い込む悪魔だという事を。
しかし、現在悪魔扱いされているのは、シグレ。理由はどうあれ、聖騎士たちを斬った犯罪者である。教団の大事な戦力に傷を付けた事を、教皇は決して許しはしないだろう。
今後は宗教裁判が待っているだろうが、おそらく処刑は決定だろう。弁護士も居らず、裁判とは名ばかりの一方的ななぶり殺しになる事は、シグレもよく知っている。今までそうやって異端者として自白させられ、処刑された奴を何人も見てきているのだ。
まさか、自分がこのような目に遭う日が来ようとは。しかし、シグレは騒がない。一度は死のうとした身である。ただ、その時期が今になって来ただけなのだ。
シグレは、再びかつての許婚を思い出す。人を絶望させて、まだ破滅する所を見に来たのだろうか。しかし、いくら涙を流そうと、もう遅い。俺が死ぬところを見て、一生悔いるが良い。これが俺なりの、フィーナへの復讐である。
「……俺は、無様な死に方はしてやらねえぞ」
笑みすら浮かべて呟くと、シグレは横になり、目を閉じて眠りに就いた。
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