アポピスと出逢って……

「……な、なあ。あれ、ヤバイんじゃねえのか?」

 都市と遺跡を結ぶ街道(とは名ばかりの砂地)の警備をしている同僚が、望遠鏡を片手に遠くを指差している。シュラは同僚から望遠鏡を受け取り、指差した方向を見る。遠くで、一匹の魔物が遺跡を目指して這って来ているところだった。
 上半身は人間の女性だが、下半身は蛇。そして、毒々しい黒に近い紫の肌。まぎれもなく、アポピスの特徴を持つ魔物だった。

「どう見ても、アポピスだな」

 言い伝えよれば、アポピスは非常に危険な魔物であり、その力はファラオをも凌駕し、瞬く間にファラオの王国を魔界へと変えてしまうという。

 神官の予言によれば、ファラオの復活が近いということもあり、ただでさえファラオ側の魔物に人が攫われて都市の人数が減っているというのに、近くに魔界が出来れば教団としては堪ったものではない。人間を襲うという魔物が近くにウジャウジャ住まれたら、危険極まりない。
 このような事情もあり、教団は大事にならないうちに徹底的に魔物を排除し、そしてこれ以上遺跡に人を近付けぬ為、街道の警備をシュラたちに命じたのである。

「マジ、どうするんだ?」

 同僚がシュラに問う。普通に考えれば、このアポピスがどんな強さなのかは分からないので、援軍を呼んでから退治するのが常道だろう。しかし、放っておけばアポピスによって常闇の魔界が出来てしまう。一刻の猶予もならない事態だといえる。

「お前は都市にもどって援軍を呼べ。俺はあの魔物を止める」
「は? 一人で? お前正気?」

 同僚は驚いて言うが、結局は誰かが止めなければ、問答無用でアポピスの蹂躙が始まるだろう。結局、シュラが何とかアポピスを足止めする間に、同僚が援軍を呼ぶこととなった。


*****


「へえ、私を止めようというの?」

 シュラの目の前にいるアポピスは、感心したように言う。しかし、シュラは黙ったままだった。正直、圧倒されている。遠目で見たときはそこまで感じなかったが、実際に間近で見ると大きい。と言うよりは、長い。上半身は人間の女性と同じような大きさだが、下半身の蛇の部分が、物凄く長い。近づき過ぎれば、その長い尾に巻きつかれるかもしれない。シュラは剣に手をかけたまま近付けない。

「どうした? 来ないの?」

 アポピスはシュラに声をかけるが、シュラは攻撃しない。蛇の攻撃方法として、一気に飛びついて噛み付くものがある。もしかしたら、とある毒蛇のように口から毒を飛ばすかもしれない。様々な攻撃方法が予測される中、うかつに近寄れば素早い攻撃に対処できない。それに、時間を稼ぐという目的もあった。同僚が都市に向かったのが十分前。援軍をつれて戻ってくるのに、早くてもあと五十分はかかる。少しでも戦いを引き延ばして有利な状況にしたい。
 しかし、目の前のアポピスは待ってくれそうになかった。

「来ないのなら、こちらから行くわよ?」

 アポピスは痺れをきらし、一気に勝負を仕掛ける。その素早い飛びつきに、シュラは何とかかわすのがやっとだった。シュラはズザザッと距離を取る。もう全身冷や汗がダラダラ流れている。ヤバイ、これはヤバ過ぎる。シュラは勝てる気がしなくなっているのを感じた。

「あら、今のをかわすなんてやるじゃない。貴方、人間の中では腕が立つ方ね?」

 アポピスは嬉しそうにシュラを見る。しかし、シュラは全く嬉しくなかった。自分はマゾでもなければ戦闘狂でもない。相手が強ければ燃えるなんて、そんな馬鹿な考えは持たない主義だ。
 しかし、アポピスは次々と攻撃を仕掛けてくる。シュラは危なっかしく右に左に転がってかわすものの、ついに捕らえられてしまう。必死でかわす内に、いつの間にか蛇の尾の射程圏内に入ってしまい、巻き付かれて身動きが取れなくなってしまう。

「ふふっ、捕まえたわ」

 アポピスはペロッと舌なめずりをする。それを見たシュラは恐怖に震え、騒ぎ始める。

「ちょっ、マジ! うわっ!」

 ジタバタと暴れるも、アポピスは拘束を解いてくれない。それでもシュラは何とか逃げようとするが、無駄な行動でしかなかった。

「落ち着いて。別に取って食べたりはするけど、命までは取らないわ」
「食うのかよ! まだ死にたくねえよ……」

 アポピスの『食う』はシュラの考える『食う』とは別の意味なのだが、シュラは死を予感し、まだ遣り残した事めっちゃ有るのにと嘆く。

「だから命は取らないって言ってるでしょ! 落ち着きなさい!」

 そんなシュラを、アポピスはなだめる。アポピスにしてみれば、何で『食べる』をイートの方だと連想するのかが分からない。アポピスはシュラの口を塞ぐように口付けをする。シュラはビックリして目を白黒させるのみだ。
 ひとしきりシュラの唇を貪った後、アポピス
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