教団の追っ手に襲撃されてから半月後、シグレとルカはイェルスという都市に入った。シグレ独りならともかく、ルカも巻き込む恐れが有る以上、同じ場所に長居は無用であった。当初、シグレは独りで旅立つつもりであったが、ルカも付いて行くと言って聞かなかったのだ。挙句の果てには、必殺『女の涙』まで見せる始末なので、シグレもルカを邪険にできなかった。
イェルスという都市は、教団の支配が及ばぬ地域であり、人間と魔物が共存する土地であった。信仰も様々な宗派が混在しており、都市の雰囲気は多種多様であった。それでも、人々は皆寛大で、よそ者であるシグレとルカを暖かく迎え入れた。
シグレたちはそこで、とある宿屋に落ち着く事になったのだが……。
「……おい、何で俺とお前が同じ部屋なんだ?」
シグレは、ルカを睨みつける。
「ふぇぇ……だって、また暴漢が襲ってきたら怖いじゃないですかっ!」
「じゃあ最初から付いて来なければ良かっただろ」
「シ、シグレさんは、私が居なければ良いと言うんですかぁっ!」
ルカは、涙目で詰め寄る。シグレは「そうだ」と正直に言ってしまいたかったが、ルカが泣きそうな顔をする為、言葉に出来ない。
(くそっ! 言ってしまえれば簡単なのに……)
やはり、好きだった女が涙を見せるのは反則である。いや、コイツはあの女ではない。シグレは、自身の心がかき乱されるのを感じている。ルカの泣き顔を見ると、不憫に思う気持ちと同時に、何故だか無性にイライラするのだ。
「……勝手にしろ」
結局のところ、シグレが折れるのはいつもの事である。彼はそう言い捨てると、さっさと部屋の隅に行き、座って壁にもたれ掛かったかと思うと、そのまま寝息を立ててしまった。やはり旅の疲れがあったのだろう。彼は眠りに就き、しばらくは起きそうになかった。
*****
シグレは、何処とも分からない場所で立っていた。辺りは薄闇に包まれており、不気味な雰囲気を醸し出している。
「ここは……何処だ?」
シグレは周囲を見回し、呟く。そんな彼の目の前に、とある男女の姿が――。
『はぁっ、ああんっ! き、気持ちイイ、気持ちイイっ!』
シグレの目の前で、盛大に交わる男女一組。それを見たシグレは剣を抜き放ち、かつての恋人の上で腰を激しく動かしている男を、斬る。
『ああーっ! ああっ……やんっ! イク、イク……イクぅぅぅーっ!』
しかし、男の動きは止まらない。それどころか、斬った筈なのに傷一つ付かず、男は女をイかせ、中に出してしまう。
「くそっ! 何でだよっ!」
シグレは、泣きそうになりながら無茶苦茶に剣を振るう。斬っても斬っても、その男は斃れてくれない。シグレをあざ笑うかのように、そのセックスは続けられていく。手酷いどころか、あまりに惨い裏切り。シグレは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、そのセックスを止めさせようとする。
「畜生……畜生っ!」
何度斬っても、消えない映像。シグレはやがて、打ちのめされたように深い深い闇の中に沈んでいった。
「……畜生っ、畜生っ!」
目尻から涙を流しながら、寝言で悪態を吐くシグレ。そんなシグレを労わるように、ルカがシグレを抱き締めていた。
彼の力になりたい。彼を癒してあげたい。その想いを込めて、ルカはシグレの背を撫で続ける。彼が今までに経験してきた事、それは辛い事だと分かる。自分が例の女に変身している事によって、彼を苦しめているのも分かる。それでも、傍に居たかった。
「ごめんね……ごめんね」
厳密に言えば、ルカがシグレを裏切った訳ではない。しかし、自分の存在がシグレを苦しめる要因の一つとなっているのを思うと、思わず謝ってしまうのである。
しかし、一度変身してしまった以上、簡単に他の女の姿に変身し直す訳にはいかない。それに、シグレの心にあの女の姿が残っている以上、変身し直すのは不可能であった。
ルカに出来る事、それは、シグレを労わり続ける事である。たとえ今は拒絶されていても、とにかく尽くす事である。そうすれば、いつかシグレもルカを見てくれるかもしれないのだ。
「シグレ、大好き。だから、もう苦しまないで……」
ルカはそう呟きながら、シグレの頭をきゅっと自身の胸に抱え込んだ。
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