罪の意識

「あの……ご飯、出来ました」

 シグレの元に、ルカが食事を運んでくる。腹の風穴が塞がってきて、最近やっと起き上がれるようになったシグレであるが、まだ食料調達や調理などは満足に出来なかった(五体満足であっても調理は出来ないが……)。だから、ここ半月の間は、ルカに世話になっていた。

 正直に言えば、シグレは複雑な気分であった。自分を裏切った女と、目の前のルカが重なってしまうのだ。姿形は全く同じなのだから、無理も無いと言えたが。

 しかし、彼女に辛く当たる訳にはいかなかった。いくら生き写しとはいえ、他人であるのだから。いや、既にシグレはルカに辛く当たった事がある。それは、まだルカと出会ってから一週間も経っていない頃である。



『あの……ご飯です』
『いらねえ』

 ルカの申し出を、シグレは撥ね付ける。目の前の――いや、女そのものが信じられなかったし、なるべく関わりたくなかったのだ。

『でも、何か食べないと……』
『うるせえっ、いらねえっつってんだろ!』

 しつこく言うルカを、シグレは睨みつける。すると、じわぁっとルカの目に涙が溜まり始める。

『そんな……わだじ、良がれど思っで……ひっぐ、ふぇぇ……』
『だぁぁっ! 分かったよっ、俺が悪かったから、泣くなっ!』

 ルカの泣き顔を見て、シグレは慌てる。さすがにシグレとて女を泣かせて平然としていられる程に、厚顔無恥ではない。何故俺が、と思いながらもシグレはルカを宥めるのであった。



 そのような事があって以降、事あるごとにルカは泣くので、シグレはルカを邪険に扱う事は出来なかった。なにしろ、すぐに泣くのだから大変である。ルカのその仕草、まるで童女である。

 しかし、ルカと一緒に暮らしていくうち、シグレはルカに対する印象が変わっていくのを感じた。まるで無邪気な子どもと接しているみたいで、楽しささえ感じているのだ。正直に言えば、まだ女性に対する不信感のような物は残っている。しかし、シグレはルカの事を女としては見ていない。いわば、妹のようなものである。

 半月も一緒に過ごせば、さすがにルカがどのような奴かは分かる。献身的で、純粋で、もしルカともっと早く出会っていたら、シグレは確実に彼女に惹かれていただろう。

 しかし、シグレはどうしても、彼女を一人の女性として見る事は出来なかった。いや、一人の女性として見るのを拒んでいた。彼女が恋人だった女と生き写しという事もあり、どうしても裏切られた時の感情を思い出してしまうのだ。

 それに、シグレは何人もの人間や魔物を斬ってきた。教団の外に出た今、自分の罪深さを自覚している。今さら、自分が幸せになる事を望んではいない。いや、幸せを望んではいけないと自分に言い聞かせていた。

 だが、絶望感に苛まれた時はいざ知らず、今は自殺ずる気力が出てこなかった。人間、最後に残るのは希望、とはよく言ったものである。その言葉通り、シグレはただ、浅ましく生を貪るのみであった。


*****


 そんなシグレに追い討ちをかけるかのように、とある災難が降りかかる。

「……シグレ?」
「そこで待ってろ。絶対に出てくるなよ!」

 突然黙り込んで外の様子を窺うシグレを、ルカが不思議そうに見る。そんなルカに念押しして、シグレは洞窟の外に出た。そこには、武装した男が十数人。皆、かつてシグレが所属していた騎士団のエンブレムを付けていた。

「……よく気付いたな」

 追っ手の一人が、シグレに話しかける。その声の様子には友好的な響きは皆無であり、他の皆は剣の柄に手をかけている。それどころか、既に剣を抜き放っている者まで居た。明らかに、シグレを斬ろうという意思が見えた。

「それだけ殺気を放ってりゃ、馬鹿でも気付くだろ」

 シグレも腰の剣を抜き放つ。追っ手の面々に緊張の色が浮かぶ。いくら多数で囲んでいるとはいえ、シグレはかつて騎士団の中でも指折りと謳われた剣士である。彼等が緊張するのは当然といえた。

 しかし、彼等とて名高き騎士団の一員である。臆病者は誰も居ない。彼らはシグレに襲い掛かる気配を見せる――そのギリギリの瞬間、シグレは動き出した。

 シグレはまず、正面の敵に襲い掛かる――と見せかけて、衝突する寸前、背後を振り返らずに剣を後ろ手に振るう。手ごたえとともに、背後から叫び声が流れてきた。その状態からすぐに、シグレは地面を転がり、そして転がりながら剣を振るう。足を切断された敵の口から、絶叫がほとばしった。

 シグレを囲んでいた敵に、動揺が走る。場は一転して有利ではなくなっていたのを、彼らは感じたのだ。彼らとて、凡庸な剣士ではない。しかし、シグレとは格が違ったとでも言おうか。また、こちらは大人数という油断もあった。

 しばらくすると、敵は一人を除いて
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