「――ここは?」
目が覚めたシグレは、身体を起こそうとする。すると、我が身を引き裂くような鋭い痛みが走り、思わず呻いた。その痛みで、シグレは全てを思い出す。恋人に裏切られた事。寝取られた相手を斬り、祖国を脱した事。そして、絶望のあまり自ら死を選んだ事。
しかし、剣で腹をブッ刺した程度では、死に切れなかったらしい。シグレは、自分が未だに生きている事を知る。彼自身も後に知る事になるが、どうやら内臓などを上手く避けて剣が刺さったようである。しかし、致命傷にならなかったとはいえ、腹が物凄く痛くて寝返りすら打てない。彼はどうしようもなく、ただ寝転がるのみである。
シグレは身体を起こす事も出来ず、寝転んだまま視線だけを彷徨わせて周囲の様子を見る。何処かから入ってくる光が照らす景色で、どうやら洞窟の中にいるらしいと判断する。
その時、シグレの耳にかすかに足音が聞こえてきた。そしてそれは、どんどん大きくなっていく。どうやら、シグレを助けた奴のものらしい。まさか、かつての同僚だった聖騎士どもではないだろう。でなければ、シグレが今も生きている事への説明がつかない。
「……目が、覚めましたか?」
意識を取り戻したシグレに、話しかける者。その声を聞いた瞬間、彼は愕然とする。まさか、そんな筈は無い。何でコイツが此処に居るんだ、と。
シグレは相手の顔を良く見ようと視線を彷徨わせる。そして、捉えたその顔――。
「テメエっ! どういうつもりだっ……うぐぅっ!」
腹の激痛に顔をしかめながらも、憤怒の表情でソイツの顔を睨みつけるシグレ。忘れようにも、忘れられない。彼に煮え湯を飲ませ、ずっと裏切り続け、そして絶望に追い込んだ女――。
「今さら、何しに来やがっ……た?」
シグレは憤怒どころか、殺意までも叩きつける。しかし、その途中で彼は何かがおかしい事に気付いた。かつての恋人と生き写しと言っても過言ではない女なのだが、何かが違った。
(コイツ、こんなに子どもっぽかったっけ?)
その女は、シグレが知っている女とは、あまりにも雰囲気が違いすぎた。姿形は生き写しであっても、しゃべり方やその仕草などは、もはや別人であった。
シグレは目の前の女を、呆然と眺める。その女はよほど吃驚したのだろう、しばらくフリーズしていたが、その目にみるみる涙が溢れ出してくる。
「ふぇぇ……」
そう思う間もなく、彼女は大粒の涙を零して泣き出してしまった。
「あ、ヤベっ――」
思わぬ事態に、彼はただ慌てるのみであった。
*****
彼女は、失恋によるシグレの負の感情から生まれた魔物娘である。その為、彼女の存在意義は、失恋の痛手に沈むシグレを癒す事にある。だが、それだけではなく、彼女自身は彼を一目見た時に気に入ってしまったのだ。
しかし、彼女は自分自身の容姿に自身が無かった。だからこそ、シグレの記憶を読み取り、彼の意識に残っている中で印象が強い女の姿に変身して近づいたのだ。
しかし、彼女は一つドジを踏んでしまった。それは、失恋は失恋でも、彼の記憶に残っている女への感情は、憎悪そのものであったという事である。よく愛情と憎悪は紙一重という表現がされるが、彼女もシグレの女への感情を読み違えたのだ。その為、ロクに記憶を探って女の事を確かめもせず、その女の姿に変身してしまった。
だから、実際に対面した時に憤怒の表情と殺気をぶつけられ、彼女は混乱状態に陥ってしまう。そして、思わぬ事態に思考が整理できず、みっともなく泣きじゃくるという結果になってしまったのである。
「えっぐ、ひっぐ……ふぇ、ふぇぇっ! ごめんなさいぃぃぃっ!」
シグレの記憶を読み取り、改めてとんでもない間違いに気付いた彼女は、彼の古傷ド真ん中を抉った事を謝罪する。もう涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっており、みっともない姿になっていた。
「あーもうっ! 俺が悪かった。だから泣くなって……ふぐぅぅ!」
シグレは、ようやく目の前の女が自分を裏切った女とは別人だという事を理解し、慌てる。自身を裏切った女ならともかく、さすがに無関係の女を泣かせたとなると、いくらシグレでも心が痛む。たとえ、女が信用出来なくなっていても、である。シグレは腹の激痛に耐えながら、彼女をなだめようとする。しかし、彼女はなかなか泣き止まず、シグレは内心でおろおろする。
(うぐっ……何で俺がコイツを慰めなくては……ぐぉぉ、痛ぇ!)
もう女は信用できない、できれば関わりたくないというのに、何故かシグレが滅茶苦茶気を使っている。だが、泣かせたのは完全にシグレなのだから、このまま放っておく訳にはいかない。そんな事をすれば、鬼畜である。だから、シグレは何とか女を落ち着かせようと必死になる。
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