安息の地

 旅をしていた剣客・コハクは、自身の目の前で繰り広げられる事態に呆然としていた。

「……酷え」

 コハクが見たものとは、教団の人間が魔物を迫害している姿である。彼の出身ジパングでは、人間と魔物(彼の国では妖怪)は基本的に共存しており、互いに争う事は滅多にない。
 しかし、彼がジパングを出ると状況は一変し、反魔物主義の地方では特に魔物に対する風当たりが強かった。
 そして、彼の目の前で、聖騎士の格好をした者どもが、一匹のラミアを追い回していた。
 ラミアは基本的に強気な者が多いと聞いていたが、多勢に無勢。武器も持たない彼女は、ただ逃げ回るしか出来なかった。その彼女はコハクの姿を見ると、一目散に這いより、救いを求めた。

「お願い、助けて。教団に追われてるの」

 コハクをジパング人と見た彼女は、ジパング人の魔物にも友好的だという噂を頼りに、コハクに取りすがる。

「俺が止めておく。早く行け」

 ジパングの諺に『窮鳥懐に入れば猟師これを殺さず』というものがある。その言葉通りにコハクはラミアを逃がすと、自身は道のど真ん中に立ち、迫ってくる聖騎士と対峙した。

「そこの若者、早くそこをどけ!」

 追いついてきた聖騎士の一人が、コハクに言う。その口調はやや傲慢で、コハクが嫌いなタイプのものだった。

「だが断る!」
「何っ! 貴様、我らに歯向かう気か!」

 聖騎士はコハクの答えに驚く。彼らにとっては人間が魔物を庇い立てするなど、想像の外なのだ。だから彼らは一瞬、コハクが何を言っているのか理解出来なかった。コハクが自分達に味方する気は無いと分かると、聖騎士たちは剣の柄に手をかけ、脅しにかかる。しかし、その言動こそコハクが最も嫌いなタイプのものだった。

「はあ? お前ら何様? どんだけ偉そうなんだよ」
「もうよい! 貴様の言動、我らの神を冒涜するものとして我らが成敗してくれよう」

 コハクの言葉に業を煮やした聖騎士たちは、剣を抜いてコハクに斬りかかった。魔物でもない人間を本気で斬る気だった。彼らにとって、魔物は悪。ならば、悪に味方する者も悪である。たとえそれが人間であっても、容赦はしない。

「はあ、鬱陶しいな……」

 コハクは一つため息をつくと、腰に差していたジパング刀を抜いた。その刀を見た聖騎士たちは、コハクをあざ笑う。

「ははっ、そんな細い剣で打ち合う気か。そんなもの、へし折ってくれよう!」

 意気揚々と剣を振りかぶり、コハクに迫る聖騎士たち。しかし、彼らは知らなかった。ジパングには、ジパング独特の戦闘法が存在した事に。そして、その戦闘法は、自分達では計り知れない程の妙技を誇る事に。
 普段からジパング人を、悪である魔物と積極的に関わる蛮人と見なしている聖騎士たちは、ロクにジパングの事を知らずに馬鹿にしている。当然、ジパングの戦闘法など知る由も無い。その為、彼らは訳が分からぬうちにコハクに倒され、地面に這いつくばっていた。

「い、一体、何が……」

 聖騎士たちは、驚愕した目でコハクを見上げる。自信を持って振るった一撃が空振りし、しかもそれが避けたとも見えない動きだったので、彼らにはコハクが魔法か何かを使ったようにしか思えなかった。

「安心しろ、峰討ちだ。この刀、お前らの血で汚すには惜しいからな」

 コハクは抜いていた刀を、スッと鞘に収める。その時、複数の足音がして、新たに聖騎士たちが姿を現した。

「居たぞ、あいつだ!」
「何、あいつが我々の邪魔をしていた奴か!」
「たった一人でいい度胸じゃねえか! 仲間の敵、ここで晴らさせてもらう」

 今度は、さっき相手した人数よりも多い。正直、こんなに早く教団の連中が集まるのは予想外だった。おそらく、さっき相手した聖騎士の一人が、戦う前に密かにその場を離れ、仲間を呼んだのだろう。そう言えば、一人足りない気がしていた。
 いくらコハクといえども、さすがに多勢に無勢。こんな所で命を散らす気は無い。となれば、とるべき行動はただ一つ。

「――三十六計、逃げるにしかず」
「待てこの野郎!」

 コハクは聖騎士の前からすたこらと逃げ出した。もはや当初の目的を忘れた聖騎士たちは、執拗にコハクを追い回した。




「あちゃー。これじゃあ、あの街に戻れねえや」

 コハクは、離れた所から街の入り口を見て、苦笑する。先ほどの騒ぎにより、聖騎士たちが血なまこになってコハクを探し回っている。砂漠の中でやっと見つけた街だというのに、これでは街の中に入れない。

「こんな砂漠で野宿って、キツイよなあ……」

 コハクはため息をつく。自業自得である。余計な事に首を突っ込んで騒ぎを大きくしたのだがら無理も無い。しかし、考え無しの行動であったものの、コハクは後悔する気はない。もともと楽観的なコハク
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