消えない記憶

 山の稜線へと赤い太陽がかかっていた。
町並みは薄闇へと沈み、ランプの灯りが人々を昼の顔から夜の顔へと変貌させる、そんな時間帯。
 御者の男ビリーを無事、医者へと送り届けたマルガとアッシュは、とあるサルーンにいた。

 ゴールドマンハウス。サズナックにある大小さまざまなサルーンのうちの1つである。
決して上等な店とは言えないが、旅の垢を落とすには十分な店だ。
「それじゃあ、2人の勇敢なガンマン達に乾杯といこうじゃないか」
 そう言って、グラスを掲げたのは雑貨屋の隠居である老人ジャック爺さん。
同じテーブルを囲んでいるのはマルガとアッシュ、そして太った初老の男の3人だった。
初老の男はドクター・コーウェン。彼が治療の為に呼ばれた医者である。
 それぞれのグラスを酒で満たして、互いにぶつけ合う。
「ビリーの怪我が軽かった事に」とドク。
「サズナックの輝かしい明日に」ジャック爺さんが続けた。

「それにしても大したモンだ。2人で5人を倒すなんて」
 酒が入って上機嫌になったジャック爺さんが赤ら顔で笑う。
「正確に言えば、彼女が4人。俺が1人だ」
 グラスに酒を注ぎながら、アッシュがそう補足した。
「見た目は厳格な修道女だが、中身は凄腕だ」
 彼がチラリとマルガを見ると彼女は凄い目つきでこちらを睨んでいた。
「へぇ、そりゃあ、まーすます凄いじゃないかぁ。
ウチの保安官にもー、見習って欲しいねぇ」
 ドクが感嘆の眼差しでマルガを見る。面と向かって、褒められている所為か、
彼女は少し居心地が悪そうだ。
「…その保安官はどうしてるんだ? 他にも被害は出てるんだろ?」
「フン…、あんな腰抜け、役に立たんわい!」
 アッシュの質問にジャック爺さんが鼻を鳴らす。
「まー、山賊は2、30人はいるそうじゃあない。2、3人じゃー、どうしょうもないよー」
 ドクが老人を宥めるようにそうフォローした。
「そんなもの、腕に覚えのあるガンマンでも雇って、頭数を揃えれば、いい話だ。
最近の若いモンは、そういう気骨が無い!」
 どうやら、ジャック爺さんは絡み上戸のようだ。
「でもー、山賊の頭目は凄腕らしいじゃない。
何でもー、『死神』とか呼ばれる賞金首のガンマンだとか」
「『死神』…?」
 ずっと黙ったままだったマルガがドクの言葉に鋭く反応する。
アッシュは彼女の瞳に異様な光が浮かぶのを偶然目撃した。
「南部じゃあ、有名らしいよ。その男の刺青を見た、ならず者たちは震え上がるー、とか」
 ドクの話を聞いたマルガは何やら考え込む。

「…その山賊って、どこを根城にしているの?」
 やがて、マルガがそう切り出す。
「どこって、町の北にある廃坑らしいが…」
 怪訝な顔でジャック爺さんが答えた。
「そう…、悪いけど、先に休ませてもらうわ」
 唐突に彼女は立ち上がり、宿になっている2階へと足早に上がって行った。
その背中をアッシュは無言で見つめていた。

###############

 太陽が南より少し西へと傾いている。
 午前中に準備を終わらせたマルガは馬に乗り、北を目指す。
町の北側へ抜ければ、行く手に黒い山々が見えた。あの1つに山賊の根城がある。
彼女は強い意志を宿した眼差しでそれを見据えて進む。

 町の外れに差し掛かった時、道の脇に1人の男が座っていた。
「よぉ、待ちくたびれたぜ」
 修道女の到着に気づいたアッシュが立ち上がり、ズボンについた砂を払う。
「どういうつもり?」
 馬を止め、マルガは黒髪の青年を冷ややかな目で見下ろした。
「目的はアンタと一緒さ。『死神』の首に用がある」
 彼はマルガの視線を正面から受け止めて、そう答えた。
「俺は銃の腕を頼りに西部を渡り歩く流れ者でね。
たまには賞金稼ぎの真似事もするのさ。儲けは山分けでどうだい?」
 アッシュは指を2本立てて、彼女に見せつつ、そう提案した。
「好きにすればいいわ」
 修道女は興味が失せたかのように男から視線を外し、馬の腹を軽く蹴る。
「…お人好しは早死にするわよ」
 通り過ぎざまに彼女が呟く。
「残念。俺は占い師から長生きするって言われてんだ」
 アッシュは笑うと傍らに繋いであった馬に飛び乗り、彼女の後を追った。

###############

 最初、2人は使われなくなった旧道を使い北を目指す。
かつて、鉱山とサズナックを結んでいたであろう、その道も今は草に覆われて
かろうじて道だと分かるくらいになっていた。

 彼女たちはギリギリまで廃坑に近づいた後、馬から降り、小休止を取った。
 アッシュが馬の背から水袋を手に取り、それをゆっくりとあおった。
その傍でマルガは紙の束を荷物から取り出し、広げて出す。
 彼が修道女の手元を覗き込んでみると、それは鉱山の構造図だった。
「用意がいいもんだな」
 
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