「ひどいや、ラナ」
彼女の言い分は正しい。サキュバスとはそういう魔物なのだ。
けど理屈では分かっても感情では納得できない事もある。
ラナの部屋を飛び出したティムは遺跡の中を当てもなく彷徨っていた。
幸いなことに魔物と化したティムの目は明かりが無くても闇を見通すことができた。
「はは…ボク、本当に魔物になったんだ…」
自嘲気味に呟いた独り言は闇へと吸い込まれて消えた。
こうして、少女は1人ぼっちになった。きっとラナも今頃呆れているだろう。
全ては自業自得だ。ボクは差し出された手を振り払ったんだから。
そんな事を考えていると切なさがこみ上げてくる。
さっき流しきった涙が再び溢れそうになる。
でもティムはぐっと堪えて、耐える。
「はあ…お腹空いたな…」
彼女はその場にぺたんと座ると大きく息を吐き出した。
空腹。それは昨日と人間だった頃と何も変わらない感覚。
だが、その意味は今日に、魔物になって大きく変わってしまった。
「これからどうしよう…」
飢えを満たす為には人間を襲い、男と交わらなければならない。
そう考えを向ければ、生々しく浮かぶのは昨夜のラナの姿。
悦びに打ち震え、快楽に溺れ、快楽に蕩ける女の姿。
それをティムは恐ろしいと感じていた。
そう、それは己の全てを曝け出した姿。
男と交われば、自分も快楽に呑まれ、全てを曝け出すだろう。
そう思うと恐ろしくて堪らなかった。
人は誰も本心を隠して生きている。
誰かと仲良くしたくて、本当の気持ちを押し殺して生きてる。
全てを曝け出せば、きっと皆離れていく。
1人膝を抱えていると思考がぐるぐると回る。
空腹で目も回る。ぐるぐーる。
その時、カツンと小さな音が暗闇に響いた。
(あれ、何の音だろ? 聞き覚えのあるような…)
ぼんやりとしていたティムはのっそりと頭を起こした。
それは前方から響いてくる足音。
(誰だろ? ラナかな?)淡い期待が胸をよぎる。
次の瞬間、闇の中に小さな明かりが浮かぶのが見えた。
それを認識した時、彼女は全身の毛が逆立つのを感じ、反射的に立ち上がった。
足音の持ち主は遺跡で移動するのに明かりのいる相手。すなわち人間、おそらくは遺跡荒らし。
そして、今の自分は魔物。遺跡の中で人間と魔物が出会ったら。
ここ2年で嫌というほど味わってきた現実。
魔物に遭遇した遺跡荒らしは容赦なく魔物を殺しにかかる。
でも、自分は相手を、人間を殺せるのか…。
躊躇えば、下手に手加減をすれば、殺されるのは自分だ。
思考は奔流となり、最適な答えを導き出す。
逃げよう。きっと、まだ気づかれてない筈だ。
ティムはきびすを返すとそろりと一歩を踏み出した。
しかし、運命はそっぽを向いていたようだ。
苔でも踏んだのか、足の裏に妙に柔らかい感触がはしり、少女は滑って転んだ。
「きゃあっ!」
オマケに我ながら妙に可愛い悲鳴つき。
「誰だっ!」
鋭い声が飛び、明かりが見る見る近づいてくる。
「来るなっ!」
慌てて起き上がろうとするものの、転んだ際の打ち所が悪かったのか身体が痺れてうまくいかない。
「何やってんだ、ティム?」
慣れ親しんだ声が石畳の上で一人もがく少女に降り注ぐ。
「え?」
明かりの中に立っていたのは彼女の幼馴染、キールだった。
「ほら、掴まれ」
差し出された手は大きく暖かかった。
「あ、ありがと…」
引きずり起こされるように立ち上がったティムは俯いたまま、モゴモゴとお礼を言う。
キールの顔を見ることができない。
魔物になってしまったという事実が、ティムの臆病さを刺激し、
キールと向き合う事をできなくさせていた。
「…ったく、捜したんだぜ?」
彼女のそんな思いなど露知らず、普段どおりの態度でキールが口を開いた。
「宿に帰って二度寝してたら、部屋に薬屋のオヤジが飛び込んでくるし。
話を聞けば、お前が1人で遺跡に行ったまま帰らないっていうじゃねえか」
彼なりに心配したのだろう。キールが半ば愚痴のように説明してくる。
「まあ、無事で良かったぜ。魔物にやられてんじゃねえかとヒヤヒヤしてたんだ」
魔物。キールの口から出た単語にティムは思わず半歩下がる。
「ん? どした…? そういや、お前何で裸に変な仮装してんだ?」
相棒の様子がおかしい事に、やっと気づいたキールが訝しげな視線でティムを見る。
どうやらキールは角や翼を仮装だと思っているらしい。
親友の鈍さが嬉しくもあり、腹立たしくもある。喜びや怒りは時に人の原動力となる。
「…っ」
ティムは感情に突き動かされて、キールの顔を見上げた。それがいけなかった。
ドクンと心臓が高鳴った。見慣れた幼馴染の顔。心配そうにボクを見つめる顔。
飢餓が熱い波となって彼女の全身を満たしていく。
知らない内にティムはキ
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