第10回「城下町の攻防(後編)」

 浮球(バルーン)の輪を抜けるとヘザーの視界に細い路地の入り口が見えた。
両側を背の高い建物に挟まれた狭い路地である。
その路地の建物の間には洗濯物を干す為に使われているのであろうロープが何本も張り巡らされていた。ここは城下町コースの名物の難所、通称蜘蛛の巣横丁である。


「現在のトップは期待の新星! 本大会初出場のタウンゼント選手です!
いやー、ネマさん。タウンゼント選手はここまで素晴らしい飛行ですねー」
「うむ、スピード、コントロールともに申し分ない見事な飛行じゃ!」
 実況のアニーの言葉に解説のネマが満足気に頷いた。

「あの泣き虫の小娘が随分腕を上げたものじゃて…」
 バフォメットは拡声用の魔具から口元を外し、優しげな笑みを浮かべる。

「? 何か言いましたか? ネマさん?」
 その呟きが聞き取れなかったらしいアニーがきょとんとした視線を向けてきた。
「いや、何でもないぞ。それより、レースはここからが本番じゃ!」
「はい、その通りです!」
 ネマの言葉にセイレーンの娘は我に返り、実況を続ける。

「これから選手たちが挑むのは本レース最難関との呼び声も高い蜘蛛の巣横丁!
果たして、ここを選手たちはどうくぐり抜けて行くのか!?」


 ヘザーはスカイボードへと注ぎ込む魔力をコントロールし、少しだけ速度を緩めた。
同時にチラリと視線を左側へと走らせる。
視線の先に道幅の広い、ゆったりと右にカーブした通りがあった。

 次のチェックポイントは正面に見える蜘蛛の巣横丁を通り抜けた場所にある。
そして、少し大回りになるが左の広い通りもチェックポイントに通じていた。

 大雑把に平面図で表わすとコースはちょうど半円を描く形になっている。
半円の円周にあたる部分が左の通りであり、直径にあたる部分が細い路地であった。
見ての通り、迂回すれば安全ではあるがタイムロスを招き、直進するなら狭い路地を潜り抜けなければならない。では建物の上空を越えていけば…と考えるだろうが、そう簡単にはいかない理由がある。

 城下町の南東部にあたるこの区画には様々な職人たちの工房が軒を連ねている。
 工房と住居が一体となったこの辺りの建物は背の高いものが多く。
そして何より、工房の煙突から絶え間なく吐き出される毒々しい色合いの排煙が空を覆っていた。
魔物やその伴侶が経営する工房から出る煙が只の煙な筈は無い。
 雑多な魔力を帯びた煙を吸い込めば、どんな愉快な副作用があるか分からない。
排煙の中を飛ぶ事はあまりにも無謀な事だ。

 ヘザーは一瞬だけ目を伏せた後、視線を真正面へと向けた。

 リードはある。
でもここで日和見して勝てる程、レースは甘くはない。

 少女はそっとゴーグルに触れると、迷う事無く細い路地へと突入した。
(兄やん…力を貸して…!)
 彼女の意思に反応して、ヘザーの身体の中で魔力が渦を巻く。

 熱く。激しく。
 鋭く。繊細に。

 それは少女が愛する男性(ひと)から貰った"チカラ"。
彼女が夢へと羽ばたいていく為の"魔法"。

 スカイボードがふわりと横に跳ね上がり、ヘザーは横倒しの姿勢を取った。
風の中で赤いミニスカートとふわりと舞う。
 彼女はその姿勢を保ったまま、(主観的には)左右に動いて、ロープをかわす(客観的には上下の動きだ)。
次々と現れるロープをかすめるようにひたすらにかわして、彼女は突き進んだ。


「トップのタウンゼント選手! 迷わず蜘蛛の巣横丁に飛び込んだ!」
 幻影投射用の映像幕にリズミカルな飛行でロープをかわしていくヘザーの姿がアップになった。
「これはスゴイ! まるで宙を自在に舞う鳥のように次々とロープをかわしていく!」

「…横倒しに飛ぶとは、あやつ中々考えよったのう」
 ヘザーの飛び方を目にしたネマは感心したように漏らした。
「と言いますと?」
「…通常の姿勢のままでは足元のボードによって下方向が死角となってしまうからのう。
普通に上下にかわせば、死角に入ったロープに接触する恐れがある。
あやつが横倒しに飛んでいるのはその死角を無くす為じゃ」
「なるほど! これはファインプレーですね!」

##########

 トップのヘザーに遅れる事、少し。
後続の二位集団も蜘蛛の巣横丁に差し掛かっていた。
流石にここまで熾烈な二位争いを繰り広げてきた実力者というべきか、どの選手も迂回せずに細い路地へと飛び込んでいった。
 選手たちは通りの名前の由来である蜘蛛の巣の如く張り巡らされたロープをそれぞれのやり方でかわしながら前へと進んでいく。
少しでも気を抜けば、ロープに接触してしまう。どの選手も飛ぶ事に集中していた。

 そこに隙があった。

 ロープをかわそうと大きく方向転換した選手の傍らを黒い烈風が吹き抜けた。
紫がか
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