気づいた時には遅かった。
踏み出した足元が崩れ、少女は駆けていた勢いのまま、落とし穴の中に転がり落ちる。
彼女の頭の中を占めていた怒りが恐怖へ、一瞬にして変わる。
そして、次に感じたのは穴の底へと叩きつけられた痛みだった。
「…っ…」
それでも闘志が残っていたのは、ちっぽけな矜持(プライド)のお蔭か。
少女はすぐさま、身体を捻って立ち上がろうとする。
だが、穴の中に張り巡らされた細いロープが彼女の華奢な身体に絡まり、その動きを縛っていた。
さながら蜘蛛の巣にかかった蝶のよう。
彼女が穴の底でもがいていると、頭上から嘲笑が響いてきた。
「あははっ…! 間抜けなエルフが引っかかったよ! 皆、こっちにおいで!」
穴の縁から豚の耳を持った獣人、オークが顔を覗かせ、ニヤニヤと笑った。
そのオークの声につられて、次々とオークたちが集まってくる。
ロープに絡め取られたエルフは恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしてオーク達を睨みつけた。
しかし、それは最後のささやかな抵抗に過ぎなかった。
丸腰の。多勢に無勢とくれば、最早抗う術は無い。
「妙な真似はするんじゃないよ? 大人しく上がってきな」
リーダーらしいオークの1人が手にした戦鎚(ハンマー)を誇示しながら、エルフの少女にそう命令する。
従いたくはない。
チラリとそんな考えが頭をよぎる。
だが、木漏れ日を浴びて鈍く光る槍の穂先にズラリと囲まれている事を思い出し、彼女は大人しく従った。
冷静になればロープから抜け出る事は容易い。
こんなちゃちな罠に嵌ったかと思うと自分が心底情けなかった。
暗澹たる想いで穴の中で立ち上がる。
「手を伸ばしな」
すると穴の傍で屈みこんだオーク達が手を差し出してくる。
その手に屈辱を感じ、少女はピタリと動きを止めた。
エルフの矜持にかけて、魔物の手など借りたくない。
「早くしなっ」
苛立ったオークの声に少女はしぶしぶと手を伸ばす。
2人のオークによって、エルフの少女は穴の中から引き上げられた。
「さて、金目のモノを出してもらおうか?」
リーダーが尊大な口調で少女にそう言った。
「…そんなものは持って無いわ」
彼女はエルフの矜持を守ろうと精一杯、恐怖を抑えながら、そう答えた。
「あたしは生意気な女は嫌いなんだ。出さないっていうんなら奪い取るだけさ」
リーダーの女は鮫のように笑った。
「おい。このエルフの身体を調べな!」
「…姉御、調べろったって…。こいつ、裸なんですけど」
酷薄な笑みを浮かべるリーダーに周りのオークたちは戸惑いの視線を向ける。
事実、エルフの少女が身につけているのはわずかな下着のみだった。
どう見てもオークたちが欲する財宝を隠している様子はない。
「ああん? 長い髪の毛とか、下着の中とか隠せる場所はあるだろ! 早く調べるんだよ!」
リーダーの短気にオークたちは仕方ないといった表情で少女へと手を伸ばしてきた。
「さ、触らないで!」
身をかわし、逃れようとするが、それも叶わない。
あっと言う間に取り押さえられ、オークたちの指先が彼女の白い肌を這い回る。
「…ぃやっ! …やだっ…! …は…離して…っ!」
汚らわしい指が蠢く度、嫌悪感とは別の感覚が少女の背筋を駆け上った。
「…姉御、やっぱり何もありませんよ」
悪夢のような時間が続き、やがてオークたちも納得したのか。唐突に彼女の身体を解放した。
少女は荒い息をつきながら、地面に膝をつく。
不意に涙がこぼれる。ただ触れられただけで、彼女の矜持はズタズタになった。
「高貴なエルフ様ともあろうものが財宝の1つも持ってないのかい」
リーダーはそう吐き捨てると苛立たしげに地面を蹴った。
「…しょうがないね。この娘を連れて帰るよ」
彼女は値踏みするような目で少女を見下ろす。
「連れて帰ってどうするんです?」
オークの1人がきょとんとした顔でそう尋ねてくる。
今まで彼女たちは金品を奪った事はあっても人を攫った事は無かった。
「…そりゃ、お前…連れて帰って…何かさせるんだよ!」
「何かって、何を?」
リーダーの女も深い考えがあった訳ではないようで途端にしどろもどろになる。
「ええい! とにかく連れて帰りゃいいんだ! 後の事は…後で考えるよ!」
「はぁ、姉御がそう言うなら…」
リーダーが怒鳴ると周囲のオークたちは曖昧な表情で頷いた。
「とりあえず、武器以外は返してやんな。裸じゃ、森は抜けられないからね」
リーダーの言葉にエルフの少女の足元へ彼女の服が投げ返された。
彼女はのろのろと服を身につけ始める。流石に何時までも下着姿のままは嫌だった。
少女が身支度を整えているとオークのリーダーである女が不躾な視線を向けてきた。
「そういや、あんたの名前を
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