空中に浮かんだ浮球(バルーン)の輪をトップで駆け抜けてゴール。
その瞬間、地上から轟きのような歓声が上がった。
その歓声に安堵を覚えながら、彼女はチームクルーの待つ控え場所(テント)へと降下していく。
今回も自分は名誉を守る事ができた。
勝利の喜びよりも、重圧が少しだけ和らいだ解放感の方が勝(まさ)っている。
地上に降りたのは紫がかった黒髪を靡かせた幼い少女。
全身を包む飛行魔法の力場の中で、束ねた黒髪がふわりと揺れた。
「おめでとうございます、リーリャさん! 予選1位通過ですよ!」
駆け寄ってきたクルーが興奮した面持ちでタオルを手渡してくれた。
「…ええ、ありがとう」
リーリャと呼ばれた少女はタオルを受け取ると無表情にそう返す。
「これなら本選も楽勝ですよ!」
そのクルーはリーリャの態度を気にした風もなく、嬉しそうにそう続けた。
その間にも2位以下の選手たちが次々とゴールしていた。
箒やスカイボードに絨毯。椅子や凧に羽衣。
様々な魔具(まぐ)に乗った魔女や魔物たち。
それに対し、リーリャの装備は肢体(からだ)にフィットした紺色の飛行服(フライトスーツ)のみだ。
凹凸の無い未成熟な胴部を覆う布こそが彼女専用の魔具だった。
羽衣などの着用型の魔具をベースに。極限まで空気抵抗を減らす為、肢体にフィットしたデザイン。
サハギン種の外皮をモデルにした全く新しいコンセプトの魔具。
それは着用者に空を泳ぐように飛翔させる事を可能とした。
「何と言ってもリーリャさんは《最速の魔女》の娘なんですから!」
「っ…」
何気ないクルーの言葉に彼女は微かに表情を歪めた。
《最速の魔女》の娘。
それが周囲のリーリャに対する評価。
《最速の魔女》の娘だから、飛行魔法が上手いのは当たり前。
大会で優勝する事も。
誰もが少女に《最速の魔女》の娘である事を望む。
そう、あの人だって……。
「いやあ、本選が楽しみ……」
「リーリャ、お疲れ様…!」
クルーの言葉を遮り、大きな声が響いた。
そして、ローブ姿の青年が近づいてくる。
「兄さん…」
彼の姿を目にした途端。心の底で渦巻いた重い感情が溶けていった。
それでも、わたしには兄さんがいる…。
兄さんがいてくれれば、わたしはわたしでいられる…。
「まだ、そんな格好をしていたのか? 身体を冷やすなと言っただろう?」
彼はそう言いながら彼女の肩に上着を羽織らせる。
「さっ、部屋に戻るぞ。風邪を引いては大変だからな」
青年はリーリャの背を軽く押して促した。
「彼女は私が部屋まで誘導する。君も自分の仕事に戻ってくれ」
青年は目の前にいたクルーを一瞥し、素っ気無くそう告げた。
「わ、分かりました、主任」
その言葉で我に返ったクルーは慌てて立ち去っていった。
############################
「行こう」
「ん…兄さん」
リーリャは青年の腕を取りながら頷く。
そうして、2人並んで歩き出す。
「予選通過、おめでとう」
彼はリーリャの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩きながら小さな声でそう祝福した。
「…兄さんの作ってくれた飛行服のお蔭」
青年は彼女のチームの技術主任だった。
少女が纏う飛行服状の魔具の設計も彼によるものだ。
「魔具は、それ単体では飛ぶ事はできない。レースで勝てたのは君の実力さ。
誰でもない君自身の。リーリャ=バランニコフのね」
「そう…だよね…」
彼の優しい言葉は彼女の心を不思議と満たしてくれる。
リーリャは自然と青年の腕へと身体をすり寄せた。
少女の鼻腔を青年の微かな汗の匂いがくすぐる。
その所為か、思わず大胆な言葉が口から漏れてしまう。
「兄さん…魔力を補給して欲しい…かも」
自分の言葉に鼓動が速くなり、身体が熱を帯びていくのが分かる。
「…そ、そうだな」
一瞬の沈黙の後、彼は小さな声でOKしてくれた。
「レース後には…色々補給が必要だな…」
青年はまるで自分に言い訳するようにそう独り言を呟いた。
そんな彼を見上げて、リーリャは心の中でクスリと笑う。
彼女の使い魔(おにいちゃん)はえっちな事には奥手な面がある。そんなトコが可愛い。
「レースで頑張ったから…一杯補給してくれてもいいよ…?」
もっと、わたしでドキドキして欲しい。
そんな風に考えながら、悪戯っぽく彼を見上げる。
「…ぜ、善処する」
視線を上空に逸らしながら青年はたどたどしく答えた。
############################
「あー…リーリャ、飛行服は…そのままで」
リーリャが上着を脱ぎ、次いで飛行服の肩紐に手をかけた時、青年がそれを制止した。
「ん…」
少女は手を止めるとちょこんと寝室のベッドの上に座っ
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録