第4回「お嬢様の華麗なる日常」 - ゾフィーア編 -

 午後のうららかな日差しが中庭に降り注いでいた。
 草木が薫る緑の庭園には一揃いのテーブルと椅子が置かれている。
今、そのテーブルで1人の幼い少女が読書に耽っていた。

 豊かな金色の髪。宝石を思わせる翡翠色の瞳。
フリルをふんだんにあしらった白いドレスを着た少女である。

 彼女が机の上に広げているのは一抱えもある黒い革装丁の古めかしい本。
少女の白い指先が羊皮紙にびっしりと書かれた文字をなぞる。

「ゾフィーア、お疲れ様。ひと息入れたら?」
 少女が読書に没頭していると不意に声がかけられた。
 見上げるとピシリと糊をきかせたシャツとズボンに身を包んだ青年が立っていた。
彼はティーポットとカップの乗った銀盆をテーブルへ置く。
「ありがとう、お兄様」
 彼女、ゾフィーアは本に栞を挟むと脇へとどかした。

 お兄様と呼ばれた青年は手際よくお茶をカップに注ぎ、少女の前に配膳する。
「あ、そうそう…そういえば、君に荷物が届いているよ」
 ゾフィーアがカップを口につけ、香りを楽しんでいると青年は思い出したようにそう告げた。
「荷物? 誰からですか?」
「奥様からだよ」
 彼の答えを聞いた彼女はあからさまに顔をしかめる。
「お母様からの荷物……。正直、嫌な予感しかしませんけど…」
「荷物の注意書きに生ものだから早く開けろって書いてあったよ」
 青年がそう付け加える。
「……仕方ありませんわね。気は進みませんが、開けてみましょう」

############################

 ゾフィーアと青年は一緒に玄関へ赴いた。
 見ると壁際に人間が入れる位の大きな宝箱(チェスト)が置かれている。
その正面に紙が貼ってあり、そこに件(くだん)の注意書きが記されていた。
 少女はこめかみを押さえ、大きな溜息をついた。
「お兄様、運送業者の手違いで荷物が届かなかった事にしませんか?」
「それだと業者の人に迷惑がかかっちゃうよ」
 青年は真面目な顔で彼女の提案を即座に反対する。
「では受け取った後、うっかり落としてしまったという事で。
燃えないゴミにでも出しておいてください」
 ゾフィーアは何としても受け取りを拒否しようとする。
「…仕方ないな。君がそこまで言うのなら」
 彼は肩をすくめると宝箱へ手を伸ばした。

 青年が触れる寸前に突然、宝箱が独りでにガタガタと揺れる。
まるで捨てないでと自己主張するように。
「うーん、捨てられたくないみたいだよ」
 青年は手を止めると少女へと振り返った。

「はあ…、分かりましたわ」
 流石にゾフィーアも観念して、宝箱を開ける事を決意した。
 青年の代わりに箱の前に立ち、蓋をゆっくりと持ち上げる。
すると10cmほど口が開いた所で内側から蓋が勢い良く押し上げられた。
「じゃーん! ミミックじゃなくて、お母さんでしたぁ〜!」
そして、宝箱の中からゾフィーアにそっくりな少女が立ち上がった。

 ドカッ、バタン。ゾフィーアは無言で蓋を押さえつけて閉じる。
「Isa Fehu Jera. 我は鍵をかける」
 彼女の指先が光の軌跡をなぞり、宙に秘紋(ルーン)を刻む。
 魔力が戒めとなり、宝箱の蓋を開かなくする。
「く、暗いよぉ〜っ! ゾフィーアちゃん、開けてぇ〜!」
 宝箱の中から、ドンドンと蓋を叩く音と、悲痛な声が聞こえてくる。
「お兄様、やっぱり燃えないゴミに出しておいてくださいませ」
 箱から聴こえてくる声を無視して、ゾフィーアは満面の笑みでそう言った。
「…………」
 彼女のその台詞に宝箱が沈黙する。
「…お母様、反省したのなら、開けてあげますわよ?」
「…………」
 へんじはない。ただのたからばこのようだ。
「お母様…?」
 返事がない事にゾフィーアは怪訝な表情を浮かべる。

「サプラーイズ!」
 突然、後ろからそんな叫びが聞こえ、彼女は何者かに背後から抱きつかれた。
「!? お母様、いつの間に!?」
 驚きと共に振り返るとそこには宝箱に入っていた少女、ゾフィーアの母親マルティナがいた。
「お母さん、転移魔法(テレポート)は得意なんだよ?
昔、お父さんの寝室(へや)に夜這いする為に一杯練習したもん!」
 彼女は自慢げにそんな事を言ってくる。
「…子供の前で堂々と夜這いとか言わないでください」
「ゾフィーアちゃんだって、彼に夜這いくらいしてるでしょ?」
「し、してませんわ!」
「そうですね。僕の方が夜這いしてます」
「お兄様、余計な事を言わないでください!」
「うふふ、孫の顔を見れる日ももうすぐね♪」
 マルティナは娘に抱きついたまま、心底嬉しげにそうのたまった。

「と、ところで突然、どうしたんですの。帰ってくるなら連絡を入れてくれても…」
 ゾフィーアは話を誤魔化そうと慌てて話題を変えた。
「うーん、
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33