角を曲がって直ぐ、少年は派手に転倒した。
その拍子に彼の腕から林檎が地面へと転がる。
空腹による眩暈の所為なのか。あるいは何かに足を取られた所為なのか。
飢えと打ちつけた身体の痛みで朦朧とする頭では判然としない。
けれど今すべき事だけは分かる。
一刻も早く立ち上がって逃げなければ…。
だが、彼がその思いを遂げるより早く。曲がり角の向こうから男が姿を現した。
「この盗人のクソガキが!」
男の怒号が通りに響き渡る。その声に通行人が何事かと振り返えった。
しかし、ほとんどの通行人たちは一瞥で事情を察し、途端に興味を失くして立ち去っていく。
立ち止まった人間達も面白半分で見物している連中か、わずかな同情を浮かべている傍観者に過ぎない。
この街で少年のような、浮浪児の子供など珍しくない。
そして、彼らが食う為に盗みを働く事も。
「覚悟はできているんだろうなぁっ!」
怒りに身を震わせながら男は手にした棒切れを振り上げる。
確かにこんな事件は珍しくもない。
しかし、盗まれる方からすれば、容認できる事でもなかった。
微かな風切り音とともに棒切れが振り下ろされる。
「ぐうっ…!?」
背中に鋭い痛みが走り、焼け付くような熱さを帯びていく。
何度も。何度も。叫びとともに棒切れが振るわれた。
少年はただ痛みに耐える事しかできない。
亀のように身を縮め、嵐のような暴力が通り過ぎるのを待つ。
やがて、男も息が切れたのか。その手が止まった。
「余計な手間をかけさせやがって…!」
彼は路上に転がった林檎を1つ残らず拾い集める。
「役人に突き出されなかっただけ、ありがたく思え…!」
男はそう吐き捨てると立ち去っていった。
後に残されたのはボロ雑巾のように路上に転がる少年、只1人。
それもスラムでは珍しい光景でもなかった。
呼吸をする度に身体中の傷が痛んだ。
少年は身を起こそうと身体を動かす。わずかに動かしただけでも全身に激痛が走った。
痛みに呼吸が止まり、空気を求めて喘ぐ。
もう何日も食べていない。
先程の疾走で残っていた体力を全て使ってしまった。
カラカラに乾いた喉がひゅうひゅうと音を立てる。
彼は息を吐き出す毎に自分の中から気力がゆっくりと抜けていくのを感じた。
夜でもないのに視界が暗くなっていく。
通りの喧騒が徐々に静かになっていき、世界が遠くなっていく。
ああ、僕は死ぬのか。
薄れいく意識の中で彼はぼんやりとそう思った。
死ぬのは怖い。けれど同時にそれを安堵する気持ちもある。
天国へ行けば、もう飢えや乾きで苦しまなくてもいいだろう。
そんな事を考えながら、少年の意識はプツリと途切れた。
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夜の闇の中で何かがゴソゴソと動いた。
建物の間から覗いた月の光を浴び、それは黒い輝きを反射した。
夜の街を徘徊するその人影はふと地面の上に横たわっている美味しそうな匂いに気づいた。
彼女が歩く度に下半身を覆う黒い甲冑がキチキチと軋むような音を立てる。
月明かりに照らされて露になったのは少女の白い顔だった。
彼女は素早く、その美味しそうな匂いへと近づくとその傍らにしゃがみ込む。
匂いの元を覗き込んでみると、それが人間のオスだと分かった。
まだ、若いオス。だが、十分に美味しそうな匂いがする。
少女は己の劣情が命じるまま、その少年の衣服を破る。
元々、ボロ布のような服は簡単にバラバラになった。
彼女は彼の身体を抱き起こし、そして動きを止めた。
それは少年が、かなり衰弱している事に気づいたからだ。
見れば、身体中のいたる所に傷がある。このまま放っておけば死んでしまうだろう。
それが分かった途端、彼女の心に不思議な感情が湧き上がった。
いままで感じた事の無い不思議な心の動き。
彼女は今すぐにでも人間と交わって気持ち良くなりたかった。
けれど、彼女は人間にも気持ち良くなって欲しいとも思った。
少女が自分の心に戸惑っていると背後から声がかかった。
「どうしたの?」
振り返ると直ぐ傍に少女の姉が立っていた。
「姉さん、この人間が…」
「…大分弱っているわね」
姉は触角をユラユラとさせながらそう呟いた。
「何とかならないかな…?」
妹は縋るような視線を姉へと向ける。
「…そうね、"ギシキ"が間に合えばなんとかなるかもね」
姉はしばらく考え後、そう答えた。
「とりあえず、巣に連れ帰りましょう」
「わかったわ、姉さん」
妹は姉の言葉に頷くと裸の少年を背負う。
その身体は驚くほど軽かった。
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少年が目覚めて最初に感じたのは自分の肌がしっとりと濡れてい
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