翌朝、ヘザーは朝早くから練習を開始した。
この時間帯はまだ海の水温も低い。それでも懸命に練習に励む。
まずは昨日、会得した感覚を思い出し、水面に浮かべた板の上で姿勢を保つ。
ここまでは何とかクリア。
彼女はひと晩経って身体が忘れていなかった事を安堵した。
だが、ここからが問題だ。
次に、板を浮き上がらせようと、板へ送り込んでいる魔力を方向を変化させる。
すると途端に板が浮力を失い、ヘザーは海へと落ちた。
昨日、散々落ちた御蔭か、最近は足から落ちれるようになった。
ひやりと冷たい感覚が両足を駆け上る。
少女は全身を震わせながら、再び板の上に立った。
ヘザーは今、ここで躓いている。
板を動かす為に魔力の制御―舟でいえば舵の向き―を変えた途端、板の浮力が失われてしまう。
この魔力の制御は箒を飛ばす練習で散々やった筈なのに、板だと何故か上手くいかない。
箒と板との違いに彼女の制御(イメージ)が追いついていないのか。
それともやはり、落ちこぼれの自分には無理なのか。
こうして何かに躓く度。少女の心は直ぐに揺れてしまう。
挫けそうになってしまう。けれど、夢の為に彼女は頑張ってきた。
それに今はもう1つ。頑張れる理由もある。
ヘザーは暗い気持ちを吐き出すように大きく深呼吸した。
そして、改めて意識を集中させる。
全身を巡る魔力。素足で触れる板の感触。板に張り巡らされた魔力。
板からわずかに放出されている浮力。浮力を受けて、水面に広がる波紋。
心を静かに保てば、目には見えない。魔力を通した感覚が開く。
その感覚に何かが小さくコツリと触れた。
少女が水面に視線を落とすと波間に小さな木片が浮いていた。
今ヘザーが乗っている板と同様、青年が乗っていたという舟の破片なのだろう。
小さな、その木片はいかなる運命を辿ってきたのか。
今日になって、浜辺へと流されてきた。
木片はゆらゆらと波に揺られて、波の間を漂っている。
もしかして。不意の閃きがヘザーに訪れた。
箒と板の制御の方法は全く違うのかもしれない。
どうやら箒でのやり方に拘っていた為に自分の視野は狭くなっていたようだ。
こんな単純な事にも気づかないなんて。
もし板の制御方法がこの木片と同じように波に乗る事ならば…。
ヘザーは再び魔力を通した感覚を開いた。
ただし、今度感じるのは自分のそれではなく、周囲の空気や水に含まれている魔力を。
熟練の飛行魔法の使い手は空気に含まれる魔力を感じ、取り込み、操り。
自らの助けにするという。いつか聞いた師の言葉。
幸いな事にヘザーにも少しだけ、空気の魔力を飛行に利用する才能があった。
空気に含まれるわずかな魔力を感じ取る。
魔力の流れとうねりが、風のように波のように伝わってくる。
彼女は板で風を切り裂くのではなく、波を切り裂くのではなく。
風に乗せるように、波に乗せるように制御する。
瞬間、ヘザーの身体を浮遊感が包み、見事に板が浮いた。
(やった!)
彼女は心の中で喝采を叫んだ。
けれど、まだまだ油断はできない。新しい制御方法はまだまだ身体に馴染んではいない。
少女は魔力の流れを読みつつ、それに合わせて繊細に制御を変える。
ヘザーの意志に従い、板は滑るように宙を舞った。
繊細な、そのやり方はかなりの集中力と魔力を必要とした。
しかし、彼女は驚異的な集中力を発揮し、練習を重ねていった。
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太陽が中天に差しかかる頃。
午前中の食料探しにキリをつけた青年はヘザーの様子を見る為に砂浜を訪れた。
そこで彼が見たものは砂浜に横たわる少女の姿だった。
「っ! ヘザー!」
青年は荷物を放り出し彼女へと駆け寄る。
彼は少女の傍らに膝をつくとその華奢な身体を抱き起こした。
まさか、体調でも崩したのか。
ヘザーにとって野宿など初体験だろう。風邪を引いてもおかしくはない。
青年は彼女の額に触れ、発熱の有無を確かめる。
とりあえず熱はない。
ほっと息をつく彼の腕の中で少女が薄く目を開いた。
「う…ん…」
眉根に皺を寄せて、彼女が弱弱しく息を吐く。
「ヘザー、しっかりしろっ!」
「あ……兄やん…」
紫色の瞳の焦点が合い、そこに青年の姿が映る。
「どこか具合が悪いのか!?」
「兄やん…」
潤んだ瞳が彼を見上げる。
「お腹空いた…」
沈黙。
「はい…? ヘザー…ワ、ワンモアプリーズ?」
青年は間の抜けた表情で彼女を見下ろす。
「うぅ…練習のし過ぎで…お腹減ったようぅ…」
弱弱しくそう答えるヘザー。彼女のお腹もぐきゅるきゅると空腹を主張する。
「…そ、そんなオチか」
彼は思いっ切り脱力した。
「メシにするか」
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