幼年期の終わりに…

 パン屋の朝は早い。日が昇るよりも早く起き出して、仕込みを始める。
 彼、パン職人の青年トマも例外ではない。
長年、修行で培ってきた生活リズムがいつもの時間に目覚めをもたらす。
「…ん…ぁ…う〜ん…」
 彼は半ば無意識の内に上体を起こし、ベッドサイドにあるランプを灯した。
 薄暗い明かりの下に青年の裸身が浮かび上がる。トマは寝る時は裸派だ。
「そろそろ、仕込みをしないと…」
 そう呟きながら、立ち上がろうとベッドに手をつく。
 するとトマの右の手の平がムニッとした柔らかいに何か触れた。
「ん? んんんん!?」
 一気に覚醒した青年は視線を自分の傍らに落とした。
毛布が不自然に膨らんでいる。まるで誰かが潜り込んでいるかのように。
「ふにゅう…」
 彼の視界の中でその誰かが寝返りをうち、毛布を蹴飛ばした。
毛布の下から露になったのは少女の白い裸体。
 トマの手の平はお約束の如く、彼女の薄い乳房を鷲掴みにしている。

 青年が胸を揉んでいる少女の名はフィオミール。
彼と同じ家で暮らし、幼い頃からともに育った家族とも呼ぶべき少女だ。
 その彼女が何で自分のベッドで寝ている? 勿論、2人はそういう仲では無い。
昨夜、自分がベッドに入った時は少女はいなかった筈。
(落ち着け、トマ。こういう時はパン生地に含まれる小麦粉の粒の数を数えるんだ…っ。
1、2、3…って、数えられるかっ!?)

「ふ…あ……」
 状況に混乱し、思考を停止させた青年の隣で少女が目を覚ます。
「んー…? …トマ君…? …おはよー…」
 彼女は寝ぼけたままで、のんびりと見上げてくる。
「んー…?」
 自分の胸の感触に気づいたのか、少女の視線がゆっくりと青年の手へと向けられた。
沈黙。それはトマにとって永劫とも呼ぶべき時間。
「トマ君の、えっちぃ…」
 彼女は、はにかみながらそうのたまう。
「ちげぇーっ!!」
 早朝のパン屋に青年の叫びが木霊した。

「ってか、フィオ! ななな、何で毎度毎度! 俺のベッドで寝てるんだよっ!」
 しかも全裸で! 心の中でそう付け加えながらトマは慌てて視線を逸らした。
勿論、少女に触れていた手も引っ込める。その速さ、まさに神速ッ。
 フィオと呼ばれた裸の少女は慌てた様子もなく、ひょっこりと起き上がった。
眠そうに目を擦る彼女の頭の上で丸い大きな耳がピクピクと動く。
そう彼女は人間ではない。ラージマウスと呼ばれる魔物である。
だが、親魔物を謳うこの町で彼女のような魔物を見かける事は別に珍しい事ではない。
「えーとぉ、昨夜(ゆうべ)は確か…夜中、お手洗いに起きてぇ…その後、階段を上がってぇ…。
手前の部屋のドアを開けてぇ…ベッドに潜りこんでぇ…起きたら朝だったよぉ…?」
 フィオは1つずつ指を折りながら昨夜の行動を振り返る。
「いやいや! だから手前は俺の部屋だって!」
 パン屋の2階、階段を上がって直ぐがトマの部屋。その隣、奥側がフィオの部屋。
「そ、それから早く何か着てくれっ!」
 トマはフィオに背を向けたまま、悲鳴を上げるようにそう頼む。
「んー、でもここには私の着替えとか無いし。それにお姉ちゃんは別に見られても気にしないよ?」
 彼女は青年の背中にそう、ふんわりと微笑む。
「俺が気にするんだって!」
「裸なら昔、お風呂で見せあったでしょ?」
 フィオは不思議そうに小首を傾げる。どうやら本気で恥ずかしくないらしい。
「昔とは違うんだって! お互い成長してるだろ!?
まあ、フィオはあんまり変わって…」
 そこまで言いかけて、つい本音が漏れている事に気づいたトマは慌てて口を閉じた。
「ひっどーい! それって、お姉ちゃんがちっちゃいって事!?」
 少女は青年の言葉に頬を膨らませた。

 事実、フィオの肉体的な成長は数年前から完全に止まっていた。
だが、それも仕方のない事、ラージマウスとはそういう種族なのだ。
しかし、彼らの間ではフィオの身体が子供のままなのは禁句だった。
自称お姉ちゃんの彼女は自分の身体にちょっぴりコンプレックスを感じていた。
 トマは起き抜けのハプニングでよほど動揺していたのか、
普段は絶対口にしない事をつい漏らしてしまった。
「お姉ちゃんだって、昔より成長してるんだからね! ほら、見て!」
「見るわけないだろっ!」
 彼は自分の顔に両手を当てて、ガッチリと視界を塞ぐ。
「見なさーいっ!」
 フィオはベッドの上で立ち上がると青年の手を顔から剥がそうとグイグイと引っ張った。
その反動で柔らかく暖かい少女の身体が青年に密着する。
「ちょ、やめろって!」

「うるさいっ! 朝っぱらから何騒いでんのよ!?」
 突如、トマの部屋の入り口のドアが開き、怒鳴り声と共に新たな少女が飛び込んできた。
彼女の名はクリスティナ。フィオと同じラージマウス
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