「どーん」
そんな気の抜けたような声と共に体に走る軽い衝撃、それから柔らかいもの。
それは大体オレが台所に立っているときか、人気のない道を歩いているときぐらいだった。
いつの間にか腹に回されている二本の細い腕。
華奢であり、どこか儚さを兼ね備えているそれはオレをしっかり捕らえて離さない。
そういうときは決まって言うんだ。
「…なんだよ?」
「疲れた、おぶれ」
「…はぁ」
家の中ならまぁいいだろう。…いや、家の中でおぶるのもどうかと思うけど。
しかし問題は外にいるとき。買い物が終わって帰るとき。
人がいないことを確認しているとはいえ外でそうベタベタするものではない。
買い物をし終えた後なんてさらに大変だ。
買い物袋を手で持ち、そのまま背負うのだから。
腕が痛いし背中も痛い。
それでもお構いなしに人の背中に乗りかかり帰り道を堪能する。
腕を首まで回し、足をぶらぶらさせて楽しんでいる。
他人のことなんてなんのその、自分がよければそれでいい。
それがオレの双子の姉である黒崎あやか。
暴君で、我侭で、自分勝手で大雑把。
それでも―
「―ゆうた」
「うん?」
「…いつもありがと」
「ああ、どういたしまして」
ちゃんと感謝していて、それでどこか優しい―
―オレの最愛の家族。
「へぇ、ここにユウタは住んでるんだ」
そう言いつつも黒髪を揺らす彼女はオレが普段寝るべき場であるベッドの上に当然のように腰掛けた。
我が物顔、自分のもの、当然だという態度。
いつもどおり、普段どおり。
ただ、腰掛けて足を揃えた様はどこかしおらしいものを感じさせる。
彼女自身の魅力をかけることなく振りまいているように。
「…」
「…?ユウタ、どうしたの?」
「あ、いや…別に」
そういいながらオレは部屋にある椅子に腰掛けた。
そこから眺める彼女の姿。
窓から差し込んだ僅かな月明かりに照らし出される体。
着ている服はオレと対なす学校指定の女子専用の制服。
一つにまとめた黒髪は月の下で輝いて、服から覗く白い肌は染み一つ見当たらない綺麗なもの。
全く変わらない、あの時と同じ姿。
―オレの双子の姉である、黒崎あやかの姿そのもの。
なのに、違和感。
いつもとは違うように感じられるこの状況。
世界が違うからとか、そういうのは関係ないのに。
目の前の彼女はそんなオレを不審そうに見ていた。
「…さっきからどうしたのさ。そんな不思議そうな顔しちゃって」
「いや、どうやってここへ来たか気になって」
そういうと彼女はふふんと鼻を鳴らした。
いつものようにない胸を誇らしげに張る様は可愛らしい姿とまったくあっておらず、それがまた彼女の魅力だということを見せ付けられる。
「頑張ってここに来たんだから。どうやってここに来れたか知りたい?」
「いや、面倒だからいいわ」
「え、ちょっと」
オレの拒否の言葉にどこか焦るも笑って許す。
そんな彼女の様子にオレはまた違和感を抱いた。
「…」
「まったく、大変だったんだから」
「…ああ、うん」
「先生があたしを止めたりしてさ、それで」
「ああ、うん」
「…聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「…」
オレの言葉に彼女はベッドから立ち上がりオレのほうに歩いてきた。
おっと、いけね。これはビンタの一発でも来るか?
そんなことを考えてると彼女はオレの頬を両手で挟んでくる。
そのまま顔を近づけて距離を縮めてきた。
「っ!」
「本当に聞いてるの?」
どこか不安げで儚さを感じさせる表情は可愛らしい顔によりその魅力を何倍にも引き出してくれる。
その顔は姉弟であるオレでさえどきりとさせられるほどに。
思わず身を引いて逃げ出そうとするも、彼女の手はいまだにオレの頬から離れない。
「…聞いてるって言ってるだろ?」
「…なんか冷たくない?久しぶりに会えたっていうのに…もっと嬉しそうにしていいじゃん」
「…驚いてるんだよ」
その言葉は嘘偽りない。
彼女の姿はここではもう二度と見れないと思っていたものだ。
オレの記憶にしか残らずに、色あせていくものだと思っていた。
だから、驚いても無理はないだろう。
「あたしはすごく嬉しいよ」
その言葉が聞こえた途端、オレは柔らかなものに包まれた。
小さくも温かく、頑張ってオレを抱き込もうとするそれ。
それが彼女の体と気づくのには少し時間が必要だった。
「…何、してるんだよ」
「会いたかったんだから…」
彼女は小さく言った。
どこか声が震えている。
それは泣き出しそうに震えているのか、それとも会えたことによる感動からかはわからない。
その声に、その行為に。
どこかオレの感情は冷めていくものを感じた。
「ずっと、会いたかった」
「…ああ」
「ユウタがいなくなって、寂しかった」
「…そっか」
抱きしめられて、触れ合って。
感
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