彼女はいつもそこにいた。
オレこと黒崎ゆうたが住み込みで働いているこの住宅兼職場である『お食事処ハンカチーフ』の店内、入ってからカウンターを右に曲がり、そのままずっと進んだところにある二人用の席。
そこはこの空間内の隅であり他のお客さんたちからもそう目に付かない場所である。
店内を見回すことはできないだろうがカウンターからは目に付く、そんなところ。
そこに彼女はいつもいた。
彼女に目が留まったのは偶然ではない。
その姿は、その風貌は、この街では珍しいものだから。
この街の中でオレもまた珍しいらしい。
というのもここには黒髪黒目なんて人間はそういない…いや、まったくいない。
それはジパング人と呼ばれる者の特徴であり、この大陸ではないはるか東の大陸に住まう人間だと聞く。
人と魔物が共に住まう土地であると聞いたがそれがいったいどういったものなのか、オレと同じ特徴を持った人がいるという国はどんなものなのか興味は尽きないがつまるところ、この大陸にジパング人はそういない。
だからこそオレの姿は周りから嫌でも注目を集めてしまう。
だが、彼女はどうだろうか。
オレと同じ黒髪なのに彼女はそれほどまで人に見られているというわけではなかった。
オレよりも年下に見えるその背丈。
身に纏うは闇を切り抜いて作ったかのようなワンピース。
全身黒、正反対に輝くような白い肌。
小顔であってちょうど目が髪に隠れているがそれが逆に愛らしい。
とにかく可愛い。
何でオレがここまで的確にその少女の特徴を言えるかというと…。
―…実はその少女が目の前で寝ているからだ。
店内の一番奥のいつもの席。
そこに椅子に腰掛けて眠っている。
テーブルには既に食した後である綺麗な皿が一枚と水の入ったコップが一つ。
フレンチトースト食べていたんだっけか。
それでお腹が満たされたからだろう、それに今日は温かい日だった。
それならまどろみ、眠りこけてしまうのも頷けるというものだ。
高校生であるオレにとっても昼休みの後は睡魔との闘いだからなぁ。
とにかく寝ている少女を起こすというのはなんだか気が進まない。
そんな風に思って店内の片づけをしていたら先ほど終えたので今は彼女の目の前の椅子に腰掛けていた。
ここには今オレと彼女しかいない。
ここのオーナー兼オレの親となってくれたレグルさん、キャンディさんはオレに彼女を任せて既に自宅である二階にいる。
それにお客はもう来ない。
だって、今夜だから。
「…」
やべーよ、オレ馬鹿だよ。
何でこの娘を夜になるまで寝かせておいちゃったのかなぁ。
昼真っから寝っぱなしという彼女も彼女なんだけどそれを起こさないオレもオレだ。
どうしよう…。
いや、一番いいのは彼女を起こすことだろう。
でも…こんな可愛らしい寝顔を起こしてしまうのは気が進まない。
いや、だからといってこのままにしておくのはいけないし…。
…とりあえず、食器片付けようか。
食器を音を立てずに片付け終え、店内に戻ってくると彼女はまだ寝ていた。
…最近寝ていないのだろうか?
普段この子は普通に食事して普通に帰っていく。
その中で会話らしい会話はない。
彼女は表立って目立つ、話を積極的にするようなタイプではないのだろう。
だから普段の彼女からしてみればこんなことになるのは珍しい。
こんな年下の子が徹夜でもしているというのだろうか?
アンだってちゃんと寝てるって言ってたし、なんて近所に住んでいるセイレーンの少女のことを考えた。
とりあえずここまで来たら仕方ないだろう。
起こすか。
音を立てずに隣まで歩いて立った。
そうして顔を近づけてその表情を伺う。
安らかな寝顔で小さく呼吸をしている。
店内に置かれている小さな明かりに桜色の唇が艶っぽく光る。
…本当に可愛いな。
この子は人間なのだろうか。
それとも真正面に住むホルスタウロスのラティさんや隣に住むデュラハンのセスタ、また京都弁を話す稲荷のかぐやさんのように魔物なのだろうか。
皆目移りするような美人美女ばかり。
目の前の少女もどうみたところで美少女という姿だ。
―…魔物、か。
同じ黒髪であるからどこか親近感が沸いたのだけどやはり違う。
そりゃそうだ、ここの世界に現代世界の住人はいない。
仮にいたとしてもオレの身近にはいない。
あの頃の生活を思い出させてくれるものも、あの時の出来事を思い返させてくれるものも。
何も、ないのだから。
「…起こすか」
考えていたことを吹っ切るように呟いてオレは彼女を起こしに掛かる。
でも、ここで悪戯心が鎌首をもたげた。
普通に起こすんじゃ面白くない。
だがすぐに起こすのもまたいただけない。
とすれば…まずは。
「てい」
悪戯心の赴くままに彼女の白い頬をそっと指で触れた。
ふにっとした柔らかな感触が指に伝
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