中編

「驚きましたよ。部屋を覗いてみてもゆうたがいなかったのですから」
「いや、オレの部屋を覗くっていったいどうしたんですか?」
「昔のように添い寝して子守唄でも歌ってあげようかなと思いまして」
「そこまで子ども扱いしちゃいますか」
「私にとってゆうたはいつまでも子供ですからね」
「少なくとも子守唄はもういいぐらいの歳ですけど」
「それでも、この前は膝枕してあげたじゃありませんか」
「膝枕ぐらいならまぁ、いいんですよ」
「添い寝だってしてましたし」
「添い寝はもう色々とまずいと思うんですよね」
「お風呂だって一緒に入っていましたし」
「すいません、もう入れませんからね」
そんなことを話しながらオレは先生と月明かりの差し込む山の道を歩いていた。
木々の隙間からわずかに差し込んだ光が足元を照らすだけなので非常に危ない。
だがそんな場所をオレも先生もすいすいと進む。
ここら一帯は昔何度も駆けずり回ったし、互いに夜目は利くほうだしそれにここへは来るのに慣れている。
だから目を瞑ったって転ぶことはない、そう、それくらいの余裕はあるんだ。
だけどどうして先生はオレの手を握っているのだろう。
「ここら辺は危ないのですよ」
「いや、平気ですから」
「ただでさえ夜の山は危険なのですから」
「…特に危険だと思ったことはないですけどね」
「そんな風に思っていると怪我しますよ。だからこうして手を握っているのではありませんか」
ここまで子ども扱いされるとは思わなかった。
流石のオレも苦笑しかできない。
昔から変わらない先生だがこういう対応は変えて欲しかったな。
それに、と先生は続ける。
「昔もこうやって手を繋いで歩きましたしね」
そう言ってぎゅっと握る手に力をこめる。
「懐かしいですね」
「…まったくです」
そう言われては仕方ない。
確かにこうやって手を繋いで並んで歩くのは久しぶりのことだ。
久しぶりだからこそしていたいのだろう。
それなら、仕方ない。
もう片手に持った袋に入った酒瓶を木にぶつけないように注意しながらオレと先生はそのまま進んでいった。





歩き続けてもう二十分ほどは経っただろうか。
山の急な傾斜に足をすくわれないように歩き、時折雲に隠れる月を見て方向を確認し、先生に手を引かれてようやくそこへとたどり着いた。
夢で見たあの場所に。
オレが昔から訪れている一つの神社に。
そこは山の中にある湖だった。
木々の覆われていない、絶景の空を仰ぐことのできる場所。
ここ一面に広がる水は底が見えるほどに透き通っていて月明かりをきらきらと反射する。
その湖の中央にある島。
手すりは赤く塗られ、曲線を描いて島とを繋ぐ橋。
長年風雨に晒されているはずなのに色落ちすることもなくその役目を全うしている。
そして、その先にある大きな神社。
一軒家よりもずっと大きく頑丈に建てられているもの。
鳥居はないが外壁、屋根などには細かに装飾が施されている。
賽銭箱なんてものはない。
というのもここには人気がいないからだ。
こんな山奥にある神社に参拝しに来る人なんてまずいないだろう。
「変わってませんね、ここも」
「ええ、変わりませんね」
そう言ってオレと先生は橋の目の前に立った。
明るい夜、やや冷たい風が肌を撫で木々をざわめかせる。
そういえばこんな風にあの神社を見ていたことがあったな。
昔、オレが小さい頃おばあちゃん達とここに来たのを思い出す。
それはおばあちゃんに片手を引かれてちょうどここに立っている場面だった。





「いいかい、ゆうた。ここは偉い神様が奉られているんだよ」
「えらいかみさま?」
「そう。とても偉い水の神様だよ」
「あっちにある神社も神様がいるのに?」
「ここはねぇ、いろんな神様が住んでいるんだよ。だから皆がゆうた達を守ってくれる」
「そうなの?」
「ここの水の神様はね、どこにでもある水を通してゆうたのことを守ってくれてるんだよ」
「まもってくれてるの?」
「いつも水を使って見ているんだからね」
「…流石にそこまではしたことはないんですけどね」
そう言って誰かが笑った。
誰かはおばあちゃんの皺だらけで骨ばった、それでも優しい手とは反対にゴツゴツとした骨ではない何かに包まれた大きな手でオレの手を握っている。
昼時だったからだろう、日の光を煌びやかに反射する緑色の宝石のようなものが目立つ。
だがその外見とは裏腹に小さな手を握る感触は柔らかく、温かである。
「それでも近いことはしてるんじゃないかい?」
「えっと…それは…」
「図星かい?」
「…」
「ねーねー、なんのお話してるの?」
「神様がね、ゆうたを大切に想ってるっていうお話だよ」
「お婆様っ!」
そう言って顔を真っ赤にしている彼女は―


―人ではない。


それがわかるのはその握った手から、頭から
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