前編

「…うおぁ」
間抜けなうめき声と共に瞼を開くとそこには見慣れた天井があった。
開いたカーテンからさんさんと降り注ぐ日の光を浴びてオレこと黒崎ゆうたは寝起きで気だるい体を起こす。
起こして、手のひらで顔を擦った。
先ほど見ていたことを思い返すように。
夢で出てきたことを思い出すように。
「…」
まったく、オレは何て恥ずかしいことを言ってたんだ。
何がお嫁だ、馬鹿か。
オレがまだ『ボク』と言っていた頃は…かなり前のことになる。
少なくともその頃は師匠に会ってすぐだったし、まだおじいちゃんもおばあちゃんも生きていた頃だろう。
まったく、子供の頃のオレは馬鹿だったな。
それでも。
オレは瞼を閉じて一息つく。
そうして考え出す。
あれは、いったいなんだった?
あれは、いったいどこだった?
オレは誰と話していた?
誰と約束をしていたんだ?
夢の中の景色を思い出す。
あの時見えていたのは水面。
それは湖であり、そこにはいくつもの波紋が生じていた。
それはきっと雨が降っていたから。
確か小雨、優しく降り注ぐそれは慈雨というところだろうか。
そんな中、その雨を見据えてオレは誰かと共にいた。
とある社…というよりも神社というべき建物の屋根の下。
広く畳の敷かれた部屋を後ろに、外側に面した木の廊下にいたはずだ。
座って、背後から抱きしめられて。
温かな体温を感じ、包まれるような安心感を抱いていた。
それは…誰によって与えられたものか?
あの温かさをオレは知っている。
あの安心感をオレは覚えている。
なのに。
それが誰からのものなのか、思い出せない。
それでも、わかる。

―抱きしめてくれたあの人を、約束をしたあの女性を知っている。

それなのに、思い出せない。
思い返しても映らない。
まるで靄が掛かるように、霧が覆うように見えないんだ。
あの女性の顔が、あの女性のことが。
思い出せそうというところで、思い出せない。
見えそうでその顔も見えない。
わかりそうでその姿がわからない。
まるで波紋を生じた水面のように。
向こうへの光が屈折しているだけで、どういったものかはわかってもどんな人なのかが見えない。
可能性としては…師匠だろうか?
…いや、それはない。絶対ない。
オレがまだ『ボク』といっていた頃だ、そのときの師匠はまだまだ凛としていたかっこいい女性だった。
あの頃の師匠にあんなことを言ったところで返ってきたのはせいぜい「そっか。ありがとう」ぐらいだろう。
…逆に今の師匠にあんなことを言ったら泣かれるかもしくは…。



「え!?本当!?」
「ええ、本当ですよ」
「本当に本当!?夢じゃないよね!?」
「ええ、本当ですよ」
「うわー!嬉しいなー!ユウタからそんなこと言ってくれるなんて思ってなかったよ♪あ、でも」
「でも?」
「これが夢かどうか確かめていいかな?すごく不安なんだよ」
「ええ、いいですよ。頬でも抓るんですか?」
「いや、ここでこのままエッチして」
「ストップ、そんなことしても夢かどうかなんて確かめられるでしょうに」
「でも不安なんだよ!だからしよう♪」
「師匠、ここ外だから!」
「場所なんて関係ないよ。大切なのはこれが現実かどうか、ユウタが自分のことを好きでいてくれるか確かめることだよ」
「だからって確かめる方法が…」
「やっぱり言葉だけじゃいけないと思うんだよね。そういうことは行動に示さないとね♪」
「え?あれ?師匠?その手に持っているものは何ですか?」
「すごくなっちゃう飲み薬だよ♪」
「じゃぁ、師匠、そっちの手にあるものは?」
「すごく良くなっちゃう塗り薬だよ♪」
「じゃ、師匠、それは?」
「すごく求めたくなっちゃう果物だよ♪」
「じゃ、師匠、それは?」
「すごく激しくなるお香だよ♪」
「…師匠?」
「んふふ〜♪何人子供できるかな〜♪ユウタとの子供だったら何人でもオッケーだよ♪」
「いや、師匠?」
「サッカーができちゃうくらい?野球とかもできるかもね♪」
「いやいや、師匠?」
「道場どころかスタジアムまで自分達の子供で埋まっちゃうかも♪」
「いやいやいや師匠!」
「んふふ〜♪ということで…今夜からずっと寝かさないよ〜♪」
「だからここ外だからって師匠!!」



…考えないほうが良かったかもしれない。
っていうか久々に思い出したな、すごくなっちゃうシリーズ。
他にもすごくなっちゃうローションがあったっけ。
あれをぶちまけたのは…悪い思い出だな。
あのすごく求めちゃうハート型の果実とかどこ産のものなんだよ。
これじゃあ、あの女性が師匠であった可能性は皆無だな。
それじゃあいったい誰なのか。
わからない。
なんでここまで気になるのか。
わからない。
ここまで思い出せないのが。
わからない。
オレは、彼女を知っている理由が。
それ以前にわか
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..9]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33