温情、それと挟撃

「…はぁ」
それは何度目のため息だっただろう。
付き始めた時から数えれば既に二桁は超えているかもしれない。
それほど最近の私はため息をついていた。
私の親友が押し付けてくる仕事に疲れているからじゃない。
領主としての仕事に苦労しているわけでもない。
なら、なぜか?
それは簡単だ。
「クレマンティーヌ様」
「…ああ、すまないね」
「いえ」
私は隣のメイドに謝った。
赤毛で紺色のメイド服に身を包んだメイド。
ハリエット・リード。
私には数多くのメイドが生活の世話をしてくれるが彼女はそのメイド達を束ねるメイド長である。
勿論私と同じヴァンパイア。
私の親友がまだ王になる前に眷属にした女性だ。
「お気に召しませんでしたでしょうか?」
そう言われて目の前にあるものを見た。
売れば家一個建ててもおつりが来るくらいに高いワイングラス。
形、質、指で弾くと響く音。
無駄なところまで完璧を追求した私のお気に入りのグラス。
そんな中に注がれた赤い液体。
一見ワインにも見えるだろうが違う。
これは血だ。
私達ヴァンパイアが食事として採るものだ。
別に普通の食事でも栄養は取れるがやはり血のほうが格段に上だ。
それでも…。
「なんだか…違うのだよ…」
「…?違うのですか」
「ああ」
同じ血であり、同じ人間の体内に流れるものである。
命の雫、そういっても過言じゃないもの。
それを一口飲んでみて思う。
やはり、違うんだ。
確かに美味ではあるのだが…それでも。
何かこう、来ない。
わずかに口にしただけで媚薬のように体を熱していくのだが…しかし。
なんだか、違う。
私の求めているものと。
私の知っているものと。
なんと言うか…そう。

―満たされないのだ。

「ハリエット、この血は?」
「はい、クレマンティーヌ様のご希望通りに十代の健康な青年の血でございます」
「…そうかい」
ちなみに私が今いるところ。
自分の屋敷のわけだがここの地下には数千と及ぶ大量の人間の血を収めておく倉庫がある。
腐敗することもないように冷却魔法をかけた倉庫だ。
昔からいざというときに血を飲めるように少しずつさまざまな方法を用いて集めていたのだが…気づいたらとんでもない数になっていたようだ。
誤解のないように言っておくと、殺すなんて物騒な事はしていない。
そして今口にしているのがその数千に及ぶ人間の一人の血。
十代の健康的な青年。
それは彼に近い者だろう。
近いが、違う。
やはり、違う。
まったく、異なっている。
血など人により流れているものは違うのだからそれでいて当然なのだろうけど…。
「…はぁ」
気づけばまたため息をついていた。
やはり欲しい。
彼の血が欲しい。
彼の血はあまりにも魅力的だ。
たったの一杯でもこれ以上に満たされるほどに。
だがそれ以上に。

―温かいのだ。

口で言い表すのは難しいが…体が温かいのではない。
気持ちが、心が。
温まるのだ。
自分自身何を言っているのかよくわからないが…そんな感じなのだよ。
「至らぬところがありましたでしょうか?」
「いや、違うよ」
いけない、彼女にいらぬ心配を掛けてしまう。
だがこのまま飲み干すというのもなんだか気が進まない。
私はワイングラスをそっと脇へどけ、椅子に寄りかかる。
まるで空気に座ったかのように柔らかな椅子。
それは反発することなく私の体重を受け止め、沈む。
そうして私はまた、ため息をついた。
「…ふぅ」
「…何か悩み事ですか?」
「うん?まぁ、悩み事かな」
悩んでいるのは勿論彼のこと。
会いに行こうか、迷っている。
だが…会ったところでまた血をねだってしまうのだろう、私は。
あれほどの血を目の前にして我慢できそうにない。
以前は私が空腹だったからにしても…今また目の前にしたらきっと欲しくなってしまう。
それを彼は拒否しないだろう。
多少、困りながらも手首を切って私に血を分けてくれる。
前回依然同様、自分を傷つけてまで。
それが問題である。
それ以上に問題なのがお姉さんだ。
私が彼に会えば彼女にも会うことになるだろう。
家族で、双子なのだから。
同じ屋根の下で暮らしていて、彼のみに会うのは難しい。
野外ならそうは行かないかもしれないが…もう一人の女性がいる。
彼の、師だ。
.灰色の髪の毛をし、にこやかな笑みを顔に貼り付けたあの女性だ。
武器も魔法も使わずに壁を砕いた彼女だ。
彼女に見つかっても…危ない。
あの二人は…危険だな。
見つかったらただではすまないだろう。
無事でいられるわけがない。
「…」
しかし、それは…。
二人が禁じているのは…彼を傷つけることじゃないのだろうか?
そうだ、それだ。
それなら…彼を傷つけなければいいのではないか?
血をもらわなければ…。
ただ…話をするだけなら…。
それなら…。
ただ、一目見
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