それはまるで上質なワインのようなものだった。
無機質なガラスのコップに入れられたそれから漂う香り。
この世界独自の明かりの下で照る色。
口当たりはどろどろしているのではなくまるでさらさらと流れる小川のようだ。
飲んで広がるその味。
濃くもなく薄くもなく、絶妙なところである。
それでいてなぜだろう、かすかな甘みを感じるような気がする。
風味もまた抜群。
それでいて安酒のように引っかかることもなく喉を通っていく。
飲み終わってもまだ続く。
まるでアルコールに酔ったかのように胸が熱くなる。
それでも嫌な熱じゃない。
ほろ酔いや陶酔にも似た、うっとりとしたいい気分になる。
それでいて―満たされる。
あれほど空腹だった私の体が。
あれほど枯渇していた私の魔力が。
荒地に雨が降るように、満ち満ちていく。
それでいて、体に広がっていく甘い快楽。
甘美な感覚で、思わず体の奥が疼きそうな。
それでも、激しく誘うものではない。
徐々に指先から、足先から暖められるように。
体を包みこんでいくように。
とても落ち着き、安心できる快感だった。
こんな感覚今までに味わったことはない。
「ふぁ…っ」
思わずため息が漏れてしまうのも仕方ない。
感嘆の息を吐いてしまうのもしょうがない。
今まで何度も味わってきたものだがこれは格段に違いすぎる。
これはあまりにも、良過ぎる。
「満足してくれたかよ?」
そう言って笑ったのはユウタ。
この家に私を招いてくれた青年だ。
私が初めてみたときと同じ服装でそのまま黒いエプロンを着用している。
…家庭的な姿がよく似合うのだね。
「ああ、とても満足したよ。これほどの血を頂けるなんて感無量だ」
「そっか。そりゃよかった」
そう言ってユウタは笑みを浮かべながら食器を拭いていく。
先ほどまでユウタとそのお姉さんが食べていたものだ。
ユウタの双子のお姉さん。
名前は本人から聞いていないが今はリビングのソファでくつろいでいる。
人が映る不思議な板(これもまたこの世界独特のものだろう)を見つめたままである。
ユウタと同じ黒髪黒目。
そしてどことなく似ている風貌。
双子というのも目にしたことは何度かあるが…どちらかといえばあまりにていない方の双子だ。
そしてどちらもジパング人に似ているようだがやはり違う。
初めて見たときに感じたものもまた、違った。
彼女において感じたのはユウタとはまったく逆の―
「…影、本当にないんだ」
「ん?」
ユウタの声に考えるのをやめ、彼の方を見る。
食器を拭き終わったのだろう、エプロンで手を拭いて私の正面の椅子に座った。
「いや、ヴァンパイアって言ってたから。影ができないのって本当なんだなと思って」
「ああ」
そういえば、そうだ。
この家のリビングにいる私はユウタと同じように椅子に座っている。
一つのテーブルに五脚あるうちの一つ。
ユウタとお姉さん以外は今家にいないらしい。
そのリビングで天井に取り付けられた明かりに照らされている私。
勿論影はない。
椅子に座る影も、コップを手にとってテーブルに映るはずの影も、ない。
あるのはコップの影のみだ。
「ヴァンパイア、だからね」
「ふぅん…それじゃあ日の光に弱いんだ?」
「ああ」
「ニンニク、十字架、水に銀武器が弱点っていうのは?」
「苦手というだけだがね。」
私の親友が魔の王へとなってから私も随分変化してしまったからね。
日の光で焼かれるようなことはなくなったし。
十字架で体が蒸発することもまずない。
ただ単に力が弱くなる、体が敏感になる程度だ。
ヴァンパイアとしての能力も大体残っている。
老いることがないのは元からだし、麗しい女性の姿になったというのは…。
…まぁ、元々私はこの姿だったから大して変化はないな。
変わったところといえば処女の血よりも男性の血を好むようになったということくらいか。
「へぇ。それじゃあ…影に潜ったり、闇になったりもできる?」
「ああ、やろうと思えばできるよ。というかユウタ、君はよくそんなことを知っているね」
いくらか有名なものもあるが銀武器や影に潜るなんてものは知っている者しか知らないはずだ。
私と対峙した勇者達でさえヴァンパイアの特性をよく知るものはいない。
せいぜいニンニクと十字架ぐらいだ。
「まぁね。ヴァンパイアって言ったら有名なもんだし」
「…この世界でも有名なのか」
「かなりに。不死で変身できて飛べて怪力。催眠、魅了することができる。影がないし鏡に映らない。それで心臓に木の杭を打たれると死ぬ、だったっけか…」
「…良く知っているのだね」
杭なんてもう誰も知らないものだと思っていたよ。
最近でも私に挑もうとしてくる勇者がいたのだがどれも皆手に剣と魔法少々というぐらいだ。
「この世界にもヴァンパイアがいるのかい?」
「いないけど?」
…い
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