別世界へと来ることは簡単なことだ。
瞼を閉じてただ適当に魔法を発動するだけ。
どんなところかは特定しないように。
あやふやな想像だけに頼って。
そうすることで私の知らない世界へと扉が開く。
帰るときはさらに簡単。
ただ思い浮かべればいいだけだから。
この世界を。
私が生まれ育ったここを。
といっても私のように魔力がある魔物じゃないと別世界へと飛ぶことは難しい。
できそうなものとしては…エキドナやバフォメット、あとはヴァンパイアなど魔物の中でも高位の存在だろう。
無論リリムも高位の存在なので別世界へと飛ぶ魔法を使うことはたやすい。
だから私は思い立ったらすぐに魔法を使って別の世界へととんだ。
目的はただ一つ。
理想の男性を見つけること。
私の思い描く旦那様を見つけること。
変装として魔法で幻影を纏い、どう見ても普通の人間に見えるようにした私はその地に足を下ろした。
私の知らない世界に。
未知なる土地に。
見たことのない道に。
足の裏から伝わる感触は土のそれとは違い、硬い石畳のように思える。
それでも石畳のような継ぎ目は見えない。
見たことのない家々。
何でできているのかわからない。
灰色の家、白い家、時折見えるカラフルな家。
二階建てのものがあれば細いけど三階建てのものもある。
見たことのない風景。
道の端に立つ等間隔で並んだ柱のようなものからは黒いロープのようなものが伝わっている。
上を見るとまるで網のように思え、飛ぶのにとても不憫な場所だと思った。
まるで捕らわれの身のように感じられた。
さらに少しばかり暑さを感じる…といっても夕日が見えるのでもう夕方なのだろう。
こちらにもちゃんとした太陽があるようだ。
それにしても、やはり暑いし日差しが思っている以上に強い。
夕方だというのに。
今の季節は夏なのだろうか。
そして、先ほどから私を見つめる複数の熱い視線。
私を取り巻くさまざまな人。
そのほとんどは男性。
中には女性のものもある。
皆が皆黒髪で黒目。
見たことのない変わった服を着ているがその姿を見て頭に浮かんだことはひとつ。
ここはジパングという国に近いらしい。
私はジパングというところに一度だけ行ったことがある。
皆黒髪黒目で賑やかで楽しい人たちだった。
そこでも私は夫となる存在を探していたのだが…それはここにいるのと変わらない。
皆口々に「綺麗だ」とか「美しい」だとかありきたりな言葉を発する。
荒い息をして、顔を赤くして。
視線を私から外すことなく、私以外を見ようとせずに。
これはいつもどおりだ。
いつもと同じ、変わらない状況。
どうやったって変えられないもの。
いくら幻影を纏おうと、いくら姿を変えようと。
どんな服を着て身を隠そうとしても意味がない
それは私がリリムという存在だから。
魔王の娘でサキュバスの最高位の者だから。
時には視線で心を射止め。
時には声で理性を貫き。
時には触れるだけで意識を染め上げる。
そうしたくなくても、だ。
せっかく世界を超えてまでやってきたというのに…収穫はなしなのかしら。
これじゃあ来た意味ないじゃないの。
そう思いながらも足を進めて少しこの世界を巡ろうかとしたそのときだった。
「うっわ…何あれ…痛々しいー。」
「馬鹿、そういうこと言うんじゃねえよ。」
「…?」
周りの感嘆するような声とは違うものが聞こえた。
周りの熱の篭った視線とは違うものを感じた。
なんと言うか…普通な声を。
どういえばいいのか…淡白な視線を。
そこに自分の興味がないものがあるかのような口調と風景の一端にしか思えないというかのような眼差しを。
私の感じたことのないもの。
声はまだ聞こえる。
「髪の毛白で頭に角、背中に翼でお尻に尻尾生やしてるんだよ?それに服なんてほら、痴女じゃん。」
「この暑さに頭やられてそういう人だって出て来るんだよ、指差すな。」
「…。」
なんだか…とても失礼なことを言われているように聞こえる。
だけど、そこじゃない。
気にすべきところはそこじゃない。
一人は高く、女性の声だろう。
一人は低く、男性の声だと思う。
その二人の声色は変わらず平坦なもの。
内容からして私のことをみているに違いない。
黒髪黒目が沢山いる中で髪の毛が白いという言葉が当てはまるのは私しかいないから。
いや、そこじゃない。
白い髪に…頭に角?
それに…翼や尻尾と言っていた?
それは…おかしい。
あまりにもおかしい。
私は今確かにその姿をしている。
肌の露出の多い、リリムとしての姿を惜しげもなく晒している。
だけど私は今魔法を使っている。
他からはこれといった普通の人にしか見えないように幻影を纏っている。
翼なんてあるわけなく。
尻尾なんて見えるわけなく。
角だって生えていないように見せているのに。
誰がどう見た
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