中編

「エリヴィラ…っ!?」
オレの体を覆うように現れたエリヴィラ。
どこから?
わからない。
もしかしたらエリヴィラは最初からここにいたのかもしれない。
待ち伏せていたはずなんだ。
オレがここに来た時点でエリヴィラがいないはずなかった。
当然だ。
オレを水流で押し流したのはエリヴィラなのだから。
「やっと会えましたね、ユウタ君。逃亡劇は楽しかったですか?」
すぐそばで、オレの目の前でにっこりと微笑むエリヴィラ。
先ほど見た笑顔よりもずっと恐ろしい。
怒ってる。
さっきよりもずっと。
それはきっとオレが逃げたからだろう。
…逃げるんじゃなかった。
そう思っても後の祭り。
というか、逃げなければ逃げなかったで大変なことになっていただろう…。
それじゃあ、どっちの選択をすべきだったのかわからないな。
「ユウタ君。」
「…はい。」
重々しい返事。
返事できただけでも褒めてもらいたい。
今のエリヴィラの前にいたら返事はおろか、呼吸さえ困難だ。
蛇に睨まれた蛙。
正しくオレは蛙。
動くこともエリヴィラのひと睨み出来なくなる。
そんな睨みをきかせる愛しの女性は。
エリヴィラは。
柔らかな草の上に身を横たえるオレに向かって一言、言った。

「話して…くれますよね?」

背筋が凍るような一言。
体内に液体窒素を流し込まれたような、絶対零度まで引き下げられたような感覚。
怖いなんてもんじゃない。
ただ睨まれているだけなのになんでこんなに怖いんだ…。
エリヴィラはオレを拘束しようと動き出した。
先ほど、床を叩いていたあの尻尾が動き出す。
ゆらゆらと。
あの尻尾はオレに巻きつくのだろう。
普段からしているように…いや、違う。
普段している慈愛溢れたものじゃない。
オレを締め上げようと動いているんだ。
オレが隠し事をしていることに腹を立てて、動いてるんだ…!
そう思うとエリヴィラの尻尾が刃物よりもずっと恐ろしいものに思えた。
だから、だろう。
オレの体は反射的に動いた。
エリヴィラの尻尾から逃げるように。
エリヴィラと距離をとるように。
弾けたように飛び出した。
「おや…ユウタ君。」
飛び出して何とか体勢を整えたオレをエリヴィラは見据える。
心外という顔で。
でも、笑顔で…。
「逃げては……だめですよ…。」
恐ろしい。
上辺だけの優しさを孕むその声が。
慈愛の溢れぬその笑みが。
そろりとした蛇のようなその動作が。
「…。」
今の彼女にオレがなんと言えばいいのだろう。
なんといえば止まってくれるのだろう。
…いや。
言ってはいけない。一言でも話してはいけない。
話したらオレは全てを話してしまいそうだから。
それに賢いエリヴィラのことだ。
もしかしたら悟ってしまうかもしれない。
だから、わずかな可能性でも潰しておかなければいけない。
…それに。
オレは空を見上げた。
小さな雲がいくつかあるが、星や月の光が届く明るい夜。
冷たい夜風が濡れた体を冷やしていく。
天気は悪化するということはないだろう。
夜空に浮かぶ満月。
それはまだ真上にきたとはいえない。
もう少し、だ。
もう少し時間を稼ぎたい。
なんとしても。
何があっても。
「ユウタ君…。」
エリヴィラがオレの名を呼ぶ。
「ん…何?」
オレは静かに答えた。
しかし、体を動かせるように体勢を変えて。
エリヴィラの行動に反応できるように集中して。
「何で…答えてくれないのですか…?」
「…少しだけ、少しだけでいいから待ってくれる?」
「少し…ですか?」
「そ、せめて…月が真上に上るくらい。それくらいなら…いいかな?」
オレの言葉にエリヴィラが発した言葉は。
返答は。

「―だめです。」

断りの言葉だった。
「もう待てません。そこまでして何を隠しているのですか?そこまでして隠しておかなければいけないことなのですか?」
するすると寄ってくるエリヴィラ。
彼女に対してオレは寄ってきた分だけ後ろに下がる。
嬉しいことにここは野外。
避けるも逃げるも自由にできる。
「ユウタ君。」
エリヴィラは止まった。
オレもそれを見て止まる。
開いた距離。
転移魔法でも使われば一瞬で近づけるだろうがエリヴィラは魔法を使おうとする素振りを見せない。
「いい加減にしないと私も…タダでは済ませませんよ?」
そんなこと、こっちだって重々承知だ。
温厚で優しいエリヴィラがここまで怒っているのだからタダで済むとは思っていない。
骨の二、三本が覚悟している。
いや、それ以上も覚悟している。
「言ってくれないのですか…?」
その言葉にオレは―

「言えない、かな…。」

拒否を示した。
もう少しだから。
あと少しだから。
だから、我慢して欲しい。
いくら暴力ふるってもかまわないから。
怪我しようと傷つこうと、『これ』ばかりは譲れない…!
「だから…タダ
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