気づけば私はユウタを押し倒していた。
私が毎日寝ているベッドに沈めるように。
ユウタと共に寝ていたベッドに押し込むように。
私はユウタの上に覆いかぶさるようにして。
押し倒していた。
「…フィオナ?」
私の下にいるユウタ。
その黒い瞳に今の私はどう映っているだろう。
そこまで考えてああ、と思った。
これじゃあまるっきりあの時と同じだと。
ユウタを本能のままに押し倒して、欲望のままに交わろうとしたあの夜と同じ。
「…。」
「…。」
ユウタは何も言わない。
私は何も言えない。
今の私は本能に支配された魔物らしく、ユウタを襲わずにいられない。
我慢が出来そうにもないほどに。
体は昂ぶり、本能は燃え上がる。
「フィオナ…。」
そこでユウタが私の名を呼んだ。
ただ名前を呼ばれた。
それだけなのに。
その行為に。
その声に。
私の体は反応する。
暴走、しそうになる。
「だめ…なの…っ。」
こんな状況で我慢できるほど私はできているわけではない。
ユウタのようにどんな欲求にも痛みにも耐えられるほど強いわけでもない。
ユウタを押し倒して、覆いかぶさっているこの状態。
魔物なら襲うなというほうが酷だろう。
襲わずにいられるものなどいるはずがない。
でも。
ここでかまわず襲ってしまえば…またユウタは離れていってしまう。
あのときのように私と距離をとろうとするだろう。
私がユウタを求めていても。
それがあくまで私のためだから。
「…。」
何も言わずに見つめ続けていたユウタが動き出した。
そっと。
ゆっくりと。
私の頬を包み込むように手を添えた。
「ユウ、タ…?」
温かな手のひらが優しく触れる。
「あー…えっとさ、フィオナ。」
言いにくそうに、恥ずかしそうに。
少しばかり照れているように。
ユウタは私を見つめてくれる。
「言っただろ?一応、リリムっていうのが何を食料にしてるのか知ってるって。」
確かにそれは言っていた。
私の誘いを拒んだあのときに言っていた。
自らを傷つけてまで止めたあのときに。
それじゃあ…やはりユウタは私を拒もうとして…。
しかしユウタは私の頬を包んだままだ。
拒むどころか離す素振りも見せない。
「あの…それで…非常に言いにくいんだけど…。」
本当に言いにくそうだった。
何を言うのかはわからないけど。
それでも恥ずかしそうにしている。
「えっと…その…いいけど…。」
「…え?」
「いや、フィオナがしたいっていうんなら…いいかな…って。」
今ユウタは何て言った?
いいって…言った?
何に対して?
私に対して?
何のことに?
私が…ユウタを襲うことに…?
「…え?」
それは信じられないことだった。
今まで散々私を拒んできたユウタからは予想できない言葉だった。
それで。
私が求めていた言葉でもあった。
「え?でも…ユウタは…。」
今まで拒んだ理由は私のためじゃなかったの?
ユウタがただしたいというだけではしないと言っていなかったの?
不思議そうな顔をしているだろう私を前にしてユウタは首を小さく振る。
「そりゃただしたいって理由だけじゃしないさ。ただ単に欲求を満たしたいならそこらにいそうなオレなんかよりもずっといい男とすればいい…。」
そんなことはない。
絶対にないと言い切れる。
だってユウタ以上の男なんていないんだから。
そう言い切って良いほどに私はユウタを想っているのだから。
「でも。」
ユウタは言葉を紡ぐ。
「フィオナは言ってくれたからさ。」
気恥ずかしげに。
それでも微笑を向けて。
「あのときに…傍にいてって…。」
それは私が勇者に襲われていた時に言った言葉だ。
助けに来てくれたユウタに情けなくも抱きついて泣きじゃくったと気に入った気持ちだ。
私の傍にいて欲しい。
ずっと隣にいて欲しい。
それはあまりにも理不尽過ぎることとはいえ、あまりにも我侭過ぎることとはいえ。
それが私の抱いた気持ち。
胸の奥で想っていたこと。
心の奥で湧き出た本心。
「そこまで言ってくれた女の子から…逃げるわけにもいかないだろ?」
頬を包んでいた手がするりと抜ける。
変わりに私の背中へと回された。
私を抱きしめてくれた。
温かい。
とても落ち着く。
だけどもそれは。
今の私にとっては情欲を燃え上がらせる行為。
ただでさえ治療のために裸に近い姿のユウタに抱きしめられていて。
すでに我慢は限界を迎えている。
「で、でもっ!」
それでも私は拒んでしまう。
本当なら拒みたいとは思わないのに。
ずっとこうなりたかったと思っていたのに。
だってこれじゃあ。
また私はユウタに押し付けているようで。
一方的に迫っているようで。
「迷惑…じゃ、な―」
そこで言葉が止まった。
唇に。
ユウタの指が添えられていたから。
ユウタはその指を離し自分の唇の前に移動させる。
何も言うな。
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