貴方と微笑み

教団。
それは『主神』という存在を信仰する団体。
簡単に言えば私たちを敵と見なす存在。
魔物を悪とし、私たちを殲滅しようと行動する。
私たちにとっても敵といっていい。
だからといって私たちは彼らを殺めたりしない。
私たち魔物の本能は男性と交わること。
そのためにも彼らを殺そうとは思わない。
彼らはあくまで愛すべき存在なのだから。


「…っと。」
そんな彼らの前に私は降り立った。
広い魔界の平原に。
大勢で城へと歩みを進めていた集団の前に。
翼で飛ぼうとせず、空間移動魔法を使って。
数百人の軍勢の前に私は立った。
白い長髪をなびかせて。
白い肌を見せ付けて。
赤い瞳で見つめてあげて。
そうして微笑む。
それでいい。
それだけで、彼らは終わりだ。
あるものは握っていた剣を落としてしまう。
あるものは腰が砕けたように座り込んでしまう。
あるものは恍惚とした表情を浮かべて動きを止める。
誰も抵抗はしない。
誰も私を殺しにかかりはしない。
それが私だ。
大勢の男を虜にする存在。
サキュバス種の最高位。
魔王の娘、なのだから。
「…。」
他の魔物娘はいない。
彼女たちの出番は必要ないからだ。
私一人が彼らの前に出てしまえば済む。
私が彼らを魅了してしまえばそれで終わる。
お母様の出る意味もない。
魔王の精鋭達も出る必要もない。
私の親衛隊もいらない。
こんな大人数でも私一人で納まるのだから。

―それは私がリリムだから。

これが普通なんだ。
これがいつもなんだ。
私の姿を見ただけで男は皆抵抗をやめる。
これが当たり前のはずなのに―

―そんな当たり前を覆した存在が私のそばにいた。

ずっと、そばで笑っていてくれた。
私を気遣っていてくれた。
気づいて欲しくないからといってずっと微笑んでくれていた。
それは、本心か。
それとも、偽った感情か。
どうしてそこまで私を気遣ってくれるのかわからない。
そこまで私に優しくできる理由が理解できない。
本当なら彼は私を憎んでいてもおかしくはないのに。
怒られても、憤られても文句は言えないのに。
それでも彼は優しく接してくれた。
それに私はただ甘えることしか出来なかった。
彼の気持ちを考えるべきだったのに。
彼の優しさを返すべきだったのに。
私は彼に甘え続けてしまった。
なんと馬鹿らしいことだろう。
なんと愚かなことだろう。
「ユウタ…っ!」
あまりの感情にまた涙が溢れ出しそうになる。
先ほども泣いていたというのに。
まだまだ私は悔い足りないといわんばかりに。
後悔が溢れ出そうとする。
「ユウタぁ……っ!」
彼の名を呼ぶ。
そんなことをしても彼は戻ってきてくれない。
本当なら今すぐにでも城に戻って彼を探していたい。
そうして会って話がしたい。
謝りたい。
今まで彼の気持ちに気づけなかったことに。
今まで彼がかけてくれた優しさに。
今更遅いと思っていても。
それでも彼に会いたかった。
私はもっと彼と一緒にいたかったのだから…。
一人の男としてではない。
彼を一人の存在として。
彼を一人の人間として。

―私の…大切な存在として……。

その隣にいたかった。
そんなことを考えてしまっていたから私は気づかなかった。
どうして教団が私の存在を知らないでいたのかを。
教団は私たちを敵と見なす存在なんだ、それなら敵の情報を詳しく持っていてもおかしくはない。
私の存在を、リリムという魔物を知らないわけでもない。
それなのに。
私の魅了を知っているはずなのに。
どうして彼らは魔界へ足を踏み入れたのか。
この世界に訪れたのか。
ここまで進行してきたのか。
それは誰にも予想できない答え。
お母様でも、私でも。
セスタでもヘレナでもエリヴィラでも。
クレマンティーヌでも。
予想できなかったものだった。

―風が私の肩を掠めた。

「っ。」
遅れて気づく。
これはただの風ではなかったことに。
遅れて肯定される。
この風の正体を。

―私の血とともに…。

「っ!?」
左肩から私の鮮血が噴出した。
遅れて痛みが体中を走る。
赤い雫が何滴も地面に散らばった。
油断、していた。
いや、油断するのも当たり前だ。
私はリリム。
私を前にしている状態で満足に動ける男はいない。
もしかしたら、女でも十分に動けないと思う。
それでも、動いたものがいた。
動いて私を傷つけたものがいた。
その証拠に私の肩が裂けてしまった。
鋭利な刃物で切りつけたように。
幸い傷は浅い。
だから致命傷にはならないだろう。
それでも、この事実は驚きだった。
すぐさま私は振り返る。
左肩を右手で抑えて。
私を傷つけた存在と対峙するように。
振り向いた先には、いた。

「貴方が、魔王の娘のリリム、ですか?」

それは一人の男だった。
青年といっていいほどの体格。
輝く
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33