私と優しさ

「まぁそこにでも座りなよ。」
私は彼女に勧められるままに椅子に座った。
なぜだか少し温かい。
まるでさっきまで誰かが座っていたかのように。
「こんなところへ来てどうしたんだい?」
そういうクレマンティーヌはワイングラスを片手に優雅に私を見据える。
ワイングラス。
中に入っている赤い液体は勿論血だろう。
彼女はヴァンパイアなのだから。
「別になんでもないわよ。ただ気晴らしがしたかっただけ。」
適当な理由をでっち上げて答えた。
本当はフィオナに言われたから来た。
ユウタを探しに来た…なんて言えなかった。
ユウタを探しに来たわけじゃないんだから。
ユウタを求めていたわけじゃないのだから…。
「ふふ、そうかい。」
クレマンティーヌは特に気にした様子もなくグラス内の血を味わう。
そんな彼女を横目で見てテーブルに視線を落とした。
そこにあったのはチェス盤。
その上には駒が配置されている。
クレマンティーヌ側からはばらばらに。
私側からは集まるように。
それは今さっきまでチェスをしていたかのようだった。
「…誰かとしていたの?」
「知っているかい?チェスというのは一人でも出来るのだよ。」
彼女は私を見ずに言う。
それでも得意げに。
私よりもずっと気品を感じさせる姿で。
「といっても教わったのは最近だけどね。」
「教わった?」
「そう。教わったのだよ。」
誰に、と聞こうとしてやめた。
きっとそれは私が知っている人物だから。
クレマンティーヌも同じように答えそうだったから。
「君の思っているとおりだよ。」
彼女は言った。
やはりこちらを見ずに。
それでも私の心を見透かしたかのように。
「何百年と生きてきたがまだ新しい発見があるものだな。彼には驚かされたよ。」
あえて名を呼ばないその人物。
彼と呼んでも誰だかわかるというのに。
「向こうでは『詰め将棋』というらしいけどね。」
そう言って彼女は私のほうを見る。
その血のような瞳で私を捉える。
「喧嘩でもしたのだろう?」
「…何よ、急に。」
「いやぁ、そんな顔をしているからね。今の君は。」
そこで彼女はグラスを置いた。
静かに。
音を立てることなどせずに上品に。
そしてチェス盤を示す。
「見てみな。このチェス盤を。」
そういわれてチェス盤を見てみる。
駒がばらばらに配置された盤。
とくにこれといったものはないのに…いや。
なんだろうか、これは。
黒い駒のほとんどの配置。
キングを囲むように並んでいた。
まるでキングを守るかのように。
敵の攻撃を受け止めるかのように。
そしてひとつ。
黒い駒の中で一つだけ敵の陣に乗り込んでいる駒がある。
ナイト。
それ一つだけだった。
「その陣形は『囲い』と言ってね、キングを守るように駒が配置されているだろう?」
「ええ、されてるわ。」
「見たままそれは防御の陣さ。といってもそれも彼から教わったことなのだがね。」
「…そう。」
そこで顔を上げればクレマンティーヌは私を見ていた。
「これを見て気づくことは?」
「…そんなの、あるの?」
そういうと彼女は笑う。
まぁ、当然か、と続けた。
「知っているかい?こんな些細なゲームにも性格というのは出てくるのだよ。」
「…。」
いきなり話が変わったような気がする。
いつもこうなんだ。
私よりもずっと多く長く生きている彼女はいつもこう、わからないことを言う。
昔から私に諭すように。
気づかせるように。
「その陣形を見せてくれたのは彼でね、前にチェスを共にしたときに彼はすぐにそれをしたのだよ。」
「…そう。」
それはきっと私から離れていた少しの間のときだろう。
わずかな時間をユウタと過ごしていたのだろう。
「初めて見る陣だったが…なんとも彼らしいと思わないかい?」
「え?」
「防御だよ。彼はすぐさま受身の体勢をとったのだよ。」
「…それが何?」
言っていることが全然理解できなかった。
何を言いたいのかもわからなかった。
「本当に彼らしいよ。」
「…どこがよ。」
「これだよ。」
そう言ってチェス盤を指すクレマンティーヌ。
やはりわからない。
このチェス盤が、この黒い駒が何を示しているのだろうか?
「この陣は彼の性格も的確に表してくれたよ。」
そう言って私に教え込むかのように言う彼女。
昔と同じ。
何か教えたいことがあるとクレマンティーヌはいつもこうだった。
まるで教師のように語り掛けてくる。
「防御というのは攻撃に対するものだ。相手の攻撃に耐え、攻撃を受け止めるものだ。」
「…そんなこと、知ってるわよ。」
「知っているなら君は彼と喧嘩はしないだろう?」
「…。」
そんなことまでわかるわけないじゃない。
わかっていたから何?
喧嘩をせずにいられたというの?
「話を戻そうか。防御を率先してしようとする彼はまさしく彼らしい。相手の『理不尽』に耐
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