私と出会い

それは闇かと思った。
魔方陣の中央にいるその青年。
黒髪黒目だった。
見ていると吸い込まれそうになる闇のような瞳。
触れればそのまま沈んでいきそうな影のような髪。
深く先の見えない、光のなき夜のような服。
正しく、漆黒。
白い私とは間逆の存在だった。
お母様から継いだ白い肌、純白といっていいほど真っ白な髪をもつ私とまったく違う。
黒一色纏った青年だった。
青年というには少し幼さを残すその顔。
体格は並、顔も並。
どことなく優しそうな雰囲気を出す男だった。
黒髪で…黒目。
ジパング人の特徴と一致するのだが、それとはまた違う気もする。
何度かジパング人を見たことはある。
この城に住んでいる魔物娘たちの夫にジパング人がいた。
彼らも黒髪で黒目だったけど…目の前の彼は違う。
そんな気がした。
彼は不思議そうに私を見て、そして部屋を見渡す。
広く作られた私の部屋。
ここに住んでいる者達よりも豪華で作りもいい部屋。
女の子らしいものはそれなりに置いてあるつもりだけど彼の目にはどう映っているのだろうか。
そう思うと少し恥ずかしくなった。
そういえば私の部屋に男が来たことはなかった。
お父様でさえ、だ。
だから彼は私の部屋へ来た始めての男となるわけだ。
彼は部屋を見渡した後私を見た。
その闇のような瞳で、私を捉えた。
彼は勿論男。
それなら私を見た瞬間に、いや、私の近くにいる時点で私に魅了される。
今までだってそうだった。
私が近づくだけで男は皆視線を固定し、息を荒くして私に期待をする。
口が開けば愛の言葉を。
息がかかれば熱の篭った息を吐き。
そして、私に襲ってもらおうとする。
私はリリム。
魔王の娘でサキュバスの最高位なのだから。
男は皆、私に魅了されてしまうのだから。
だが。
彼は口が開いても愛の言葉を言わなかった。
視線を固定したわけでもなかった。
息も荒くはないし、期待をしている様子もなかった。
彼は言った。
困ったような表情で。

「…ここはどこで…貴方は…どちら様?」




とにかく私は彼を部屋にある椅子に座らせた。
私も向かいに椅子を持ってきて座る。
向かい合う私と彼。
近くはない、それでも手を伸ばせば届く距離で。
彼は私に言った。
「えっと…もう一回言わせてもらうと…ここってどこなんですかね?」
「ここは魔界よ。」
単刀直入に言う。
魔界といえばこの世界の人間なんらすぐにわかるだろう。
私たち魔物の故郷。
時に夫を連れてきて仲睦まじく夫婦となって暮らしているところ。
だが彼はそれを聞いて固まった。
目が点になっている。
…どうしたのだろう。
「どうしたの?もしかして魔界に来るのは初めてだったりするの?」
「いや…なんていうか…。」
彼は頭をかきながら私を見た。
その表情は苦笑い。
困ったような顔だった。
「魔界って…魔物がいるっていうところ…だよね?」
「?そうよ?」
「…それじゃ…お姉さんもコスプレとかじゃなくって…魔物ってこと?」
「?コスプレがなんだかわからないけど…ええ、そうよ。私は魔物。」
一目見てわかると思うのに…何を聞いてくるのだろう。
まるで確認するかのようだった。
私というものを、私の存在を。
「そんじゃあ、お姉さんはいったい何の魔物?」
「リリム。」
「リリム?」
彼は小さく呟きながら上へと視線を泳がす。
考え事でもしているように見えるけど…。
そして彼はふぅっと小さくため息をついた。
「マジかよ…それって伝説の存在じゃねーか…。」
そう呟くと彼は唸りだした。
何なのだろうこの男は。
悩んで唸って…見ていて飽きない。
むしろもっと見ていたくなるくらいだ。
不思議なほどに吸い寄せられているかのように。
「魔界にリリムって………はぁ…やべぇ…まだ今夜の買い物にも行ってないのに…。」
項垂れ始めた。
本当に変わった青年だと思う。
私が今まで目にしてきた人間とはちょっと違う。
私が今まで会ってきた男とは何かが違う。
そんな存在だった。
彼は顔を上げて私を見た。
困ったような表情で。
「今更なんだけど…お姉さん名前は?」
「私?」
そういえば自己紹介もしていなかった。
私は彼の名を教えてもらっていないし、私の名も教えていない。
初対面とはいえ私が彼を召喚したのだから名前ぐらい知っておきたい。
名前がわかったからといってその人物の人柄までわかるわけではないけど。
それでも、彼のことは知りたいと思った。
興味が沸いてきた。
「私の名前はフィオナ・ネイサン・ローランド。魔王の娘でリリムよ。」
「フィオナ…ね。わかった。」
彼は私の名を呟いて頷いた。
納得したように。
「それじゃ、オレの名前は

― 黒崎 ゆうた ―

よろしく、フィオナ。」

そう言って彼は―ユウタは微笑んだ。
優しげに、私をその闇のような瞳に映して。
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