どんよりと黒く染まった天井。
手を伸ばしても届かぬ広い空一面が雲に覆われていた。
そこからは数多の雫が降り注ぎ、大地を濡らす。
この町の石畳を叩き、水路で跳ねて。
一面を濡らしていく。
その雨が降り注いでいる中にオレこと黒崎ゆうたは立っていた。
「…。」
この世界にも傘はある。
だが、そんなものなんてささずに、オレは立っていた。
雨はやみそうもない。
この時期だとよく雨が降るとクレメンスさんから聞いた。
まるでジパングのツユという時期みたいと彼女は言っていた。
梅雨。
オレのいた世界でも、いや。
オレのいた国でもあった季節だ。
オレはその季節が好きだ。
なぜならその季節はオレの…オレと双子の姉の誕生日だから。
オレ達が世界に生を受けたそのときも雨は降っていたらしい。
そうだと母から聞いている。
もしオレがまだあっちの世界にいるのなら。
そして双子の姉と…家族と共にいるのなら。
オレは誕生日を祝われていたのかもしれない。
この時期、もしかしたら雨の降る日で。
家の中でケーキを仲良く人数分に分けて食べていたかもしれない。
いつものような誕生日をすごしていたかもしれない。
特にプレゼントなんてないけどそれでも楽しい日だったに違いない。
だけど。
今のオレは違った。
少なくとも、楽しくはなかった。
嫌なものを見たからだ…。
―マリンこと、マリ姉。
オレの命を救ってくれた恩人。
この世界に来て不安だったオレを助けてくれた女性。
優しくお淑やかなマーメイド。
そのマリ姉をこの雨が降る少し前に見かけた。
この港町の水路を使って泳いでいる後姿を見た。
そのまま声を掛けてみようかとしたのだが…声は出せなかった。
マリ姉の隣。
水路のすぐ傍を歩く人の姿。
まるでマリ姉と一緒になって歩いているその人間は―男だった。
しかも、見覚えのある男。
オレはあの男を知っていた。
あの男は…カフェバーによく来ていた男だ。
カフェバーで最近よくマリ姉と話していた男だ。
仲良く、仲睦まじく。
二人して楽しそうに、話していた。
あの男だ。
話の内容はわからない。
その二人の姿を見たくなくてオレは一心不乱にグラスを拭いていたから。
二人の姿なんて見ないようにしていたから。
聞こえる笑い声も、仲睦まじい雰囲気も。
その男とマリ姉が一緒にいるのが耐えられなかったから。
だって…オレは…。
―マリ姉が、好きだから。
その優しい性格が。
その綺麗な声が。
その人形のように整った顔が。
その美しい姿が。
好きだった。
この歳になってようやく恋というものを自覚した。
初恋、だった。
それなのに。
これが、現実。
非常で思い通りにいかないのが現実。
それが、人生。
上手い話なんて、上手い展開なんて何一つないのが人生。
わかってるさ。
嫌ってほどに。
そんなこと…わかってたはずなのに。
いまだ雨の降り続く中。
オレはただ立っていることしか出来なかった。
町行く人々は皆家に帰ってしまっている。
この街道にはオレ一人がぽつんと立っているだけだ。
一人寂しく、雨に打たれているだけだ。
「…。」
雨は好きだ。
オレが生まれた日にも降っていたから。
雨に濡れるのは嫌いじゃない。
何でも洗い流してくれそうな気がするから。
嫌な気持ちも、嫌なことも。
こんな、嫌な感情も。
「…はっ。」
苦笑が出る。
オレはあの男に嫉妬してる。
そんな自分が…嫌だ。
こんなの、惨めだ。
人は人、自分は自分。
それでいて他人は他人。
関係はない。
何一つ…ない。
顔を上げてみた。
容赦なく降り注ぐ雨粒がオレを濡らして地面へと滴っていく。
それだけでも気持ちがいい。
頭の中のもやもやまで流されるように感じられる。
髪に、額に、瞼に、頬に、鼻に、顎に。
唇に。
雫はぶつかり、弾けていく。
そんな中でオレは唇に触れた。
指でそっとなぞる。
あのときのことを、思い出して。
マリ姉に助けられたあのときのことを。
―…好きに、なったのになぁ。
出会った時から、助けられた時から。
マリ姉のこと、好きになったのに。
やっぱり初恋なんて叶わないものだろうか。
ふと、双子の姉に言われたことを思い出す。
「初恋って叶わないんだって。」
「…なんだそりゃ?」
懐かしき記憶。
遠い昔の思い出。
確かあれはオレ達が高校に上がってすぐのころだった。
双子の姉がへんな本を開いてオレに言った。
「ジンクスだよ?知らないの?」
「いや、唐突過ぎるって。なんで初恋は叶わないんだよ?」
「だから、ジンクスだって言ってるでしょ?」
「…確証ないじゃん。」
「だってジンクスだからね。」
「普段から現実主義のお前にしちゃ珍しい発言だな?」
「私だって占いとか好きだし。」
ああ、そうだ。
あのときに読んでいた本は確かおまじないの類の本だったな
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