恋慕と貴方とオレと懸念 後編

今鏡の前に立てばオレの瞳に映ったのはとんでもない間抜け面だと思う。
そう思うほどセリーヌさんは普段と違っていた。
「…え?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまうくらいに。
だって…目の前にいるセリーヌさん。
いつもの清楚で優しい淑女な姿をしていない。
「んもう、ユウタさんたらぁ〜♪」
「…。」
清楚とはかけ離れた姿。
優しさからは遠い表情。
淑女にあるまじきその声色。
あの日に見せてくれたあの表情に似ている。
赤く染まった頬は興奮によるもの。
そだが、興奮するような原因がない。
とろんとした目はまるで熱に浮かされたかのようで。
なんていうか…この姿…まるで…。

―酔ってる?


そんなまさか…。
なんで急に酔うんだよ。おかしすぎるぞ。
セリーヌさんがお酒に弱かったとしてもお酒なんて飲んでないのに。
飲んで…あれ?
ちょっと待て、オレはいったい彼女に何を飲ませた?
気付け薬を…飲ませたんだよな?
あの、ウーロン茶みたいな色をしていたものを飲ませたんだよな…?
「ふふふ〜♪ユウタさぁ〜ん♪」
ねだるような声とともにセリーヌさんはオレにしなだれかかってくる。
まるで甘えるようにその身をオレに寄せた。
「え?ちょ!?セリーヌさん!?」
勿論オレはパニックだ。
いきなり変貌した彼女に対しての驚きがいまだに引きそうにない。
とにかくセリーヌさんの体を受け止めた。
「んふふ〜♪」
セリーヌさんはそのままオレの胸板に頬擦りをしてくる。
服越しに感じるセリーヌさんの柔らかさ。
その仕草がまるで猫のようでとても可愛らしい…のだが。
やはり反応が出来そうにない。
オレの体は固まり、彼女のなすがままになる。
「んふふ〜♪」
なぜだか上機嫌にオレの胸に頬を擦り付けるシー・ビショップ。
どうしたのだろうか。っていうか、どうすればいいのだろうか…。
そんな風に困っていると不意にセリーヌさんの動きが止まった。
そのまま顔を上げ、オレの顔を覗き込む。
薄茶色の瞳が黒い瞳に映りこむ。
「…あの…?…セリーヌさん…?」
「………………………………………………馬鹿。」
ぼそりと、セリーヌさんは言った。
小さい声で、オレを半目で睨み付けて。
ただ、あまりにも小さい声だったのでよく聞こえなかったが。
「…へ?」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」
「ええっ!?」
どうしたんだこの女性!?
セリーヌさんはオレを馬鹿と罵りながら胸を叩いた。
聖職者なら口にしないような言葉を吐いて。
それほど強くない力で。
駄々を捏ねるような、子供っぽい仕草をするセリーヌさんの姿。
普段の姿とはギャップがあって不覚にも可愛いと思ってしまった。
いや、普段も可愛い…っていうか綺麗なんだけど。
「ユウタさんの馬鹿!意気地なし!腑抜け!」
「え、いやちょっと…。」
本当にどうしたのだろうか。
普段なら絶対に言わない暴言をオレに言って。
優しそうな性格とは一変して。
いったいどうしてしまったのか。
「弱虫!臆病者!この、へたれっ!!」
「へたっ!?」
今の一言は地味に効いた…。
オレの胸を深く穿ったぞ…。
そりゃ、自覚はあったけど…こうも真正面から言われると…きつい。
「何で襲ってくれないんですか!?今までだって誘ったのに、何で襲ってくれないんですかぁ!?」
「っ!?」
セリーヌさん!?貴方いったい何を言っているんですか!?
今言ったことの意味、わかっていますか!?
「胸押し付けても反応してくれないし!キスをせがんでもしてくれなかったじゃないですか!」
「えっ!?そんなことしてましたっけ!?」
「しましたっ!」
そーいや、腕に胸を押し付けられたような気がしなくもない。
すぐさま体を離して猛りそうな男の本能を止めようとしてたけど…。
襲わないように遠慮してたけど…。
「これじゃあ、ネレイスさんに手伝ってもらった意味がないじゃないですか!!」
「………………え?」
今…なんと?
「この前ようやく一人になってくれて。やっと海に引きずりこんでもらえたっていうのに…。」
「…。」
ちょっと待て…海に引きずり込んでもらった?
ってことは…なにか?オレは最初から狙われていたって事か?
それも好色なネレイスじゃなく、この女性に。
清楚で清廉なシー・ビショップのセリーヌさんに…。
だが、それなら納得がいく。
ネレイスがオレを引きずり込んでいながらオレを手放した理由。
粘り強くオレを海へと引き込もうとしたのに対してあっさりと手放してしまったそのわけ。
あまりにもおかしいと思っていた疑問が氷解する。
…なんだよこれ。
これじゃあまんま、双子の姉の言ったとおりじゃないかよ。
我が麗しき暴君の言ったことのままじゃないかよ…!
都合がいい話には大抵―

―裏がある。

まんま裏があった。それも一人の女性の策略があった。

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