恋慕と貴方とオレと懸念 中編

あれからというものオレとセリーヌさんは付き合い始めた。
というのも、どちらともなく好きとは言わずに。
だからといって嫌いなわけではない、絶対にそれはない。
オレにとってセリーヌさんは命の恩人だ。
そのうえ純粋で優しくて可愛い彼女。
男なら嫌いになれるわけがない。
もし、彼女がオレを嫌いだとか言うのならオレは喜んで彼女から離れるつもりだ。
セリーヌさんが頼んでくれたことは何でも引き受けるつもりだ。
だから、オレは今夜も彼女と岸辺でデートをする。
それがセリーヌさんからのご要望というよりはお願いだから。
昼は海の魔物娘達と婚姻を結んだ人達のために泳ぎまわって儀式をするので忙しいらしく時間が取れるのは夜だけなので申し訳ないと彼女に言われた。
それよりも、体のほうは大丈夫なのだろうかと心配すればセリーヌさんは笑って答えてくれた。
「マーメイド種って人が考えているのよりもずっと強いんですよ。」
愛らしいその笑顔に、また惚れた。
そうしてオレとセリーヌさんは時に楽しい話をしたりしてその夜を二人で過ごす。
それはまるで恋人のように甘く…なんて、恋人なんて今までいなかったオレが甘いとか言えた義理じゃないんだけど。
とにかく、今夜が楽しみだ。

そんなことを考えながらオレは上機嫌にグラスを拭いていた。
「変わったわね、ユウタ。」
「え?そうですか?」
オレは声を掛けられたほうを見る。
そこにいたのは蒼い肩まで切りそろえられた髪をしたマーメイド。
成熟した女という雰囲気を纏った女性。
この店のマスター、ディランさんの奥さんであるクレメンスさんがバーカウンター越しの椅子に座っていた。
…いくらお客が来ないからってそこに座るのはどうかと思うけど。
「かなり変わったわ。貴方がマリンに連れてこられたときよりもずっとね。」
そうだな…確かにあのころと比べたらオレは変わったと思う。
この世界に来て不安で不安で堪らない毎日を過ごしていたし。
周りは皆知らない人ばかりだし、オレのような黒髪黒目はぜんぜんいないし。
人間じゃない娘達がいるし。
家族に、もう会えないし…。
グラスを拭く手を止めて布巾を畳んだ。
「…本当に変わったわ。まるで恋をしているかのように。」
「…わかりますか?」
さすが夫を持つ妻。
色恋に関しては大先輩か。
「そりゃあね。貴方がここ最近夜の海へ向かっているのを見てるから。何?彼女でも出来たの?」
…違った。見られてたのか。
「そんなところですよ。」
「じゃあ、岸辺で会ってるシー・ビショップの娘なのかしら?」
「…よくご存知で。」
「見てたからね。」
そこも見てたのか。
「あの様子だと…まさか貴方自分から海に身投げしたんじゃないでしょうね?」
「しませんよっ!」
オレはシー・ビショップを彼女にしようと自殺まがいなことはしない!
町中の男と一緒にしないでもらいたい!
「ちょっとネレイスに海に引きずり込まれたんですよ。ほら、この前オレが休みをもらったあの時。」
「ああ、あの時にね…ってネレイスに引きずり込まれたの?それでよくネレイスが貴方を放したわね。」
「…まぁ、そうなんですよね。」
そこはオレだって疑問に思っていた。
海のサキュバス的な存在のネレイスが一度捕まえた男をそう易々と放すだろうか。
いや、それよりも疑問に思っていることがある。

―セリーヌさんと出会ったのはあの夜が初めてのはずだ。

だからオレを知っているわけがないはずなんだ。
この港町でオレは有名かどうかと言われればそうでもない。
黒髪黒目の人間なんて海の向こうから渡ってくるからそんなに珍しいものではないらしい。
ただ少しだけ目立つというほど。
オレの名前が町中に知れ渡っているわけでもないのに。
それなのにセリーヌさんはオレの名前を知っていた。
どうしてだろう…。
「…クレメンスさん、ちょっと聞きたいんですけど。」
「うん?どうしたの?」
「オレってこの町でどれくらい知られていると思います?」
「…また変わった質問ね。」
そういいながらクレメンスさんは考えるようにあごに手を当てた。
子洒落たバーで考える一人のマーメイドの姿。
おお…ただ考えているだけでも十分絵になる…!
「この店がこの町で知られているほどじゃないかしら?」
そう笑って答えてくれた。
「…つまり、あんまり知られていないと?」
「そう。」
この店が大して有名じゃないのは知ってる。
だから客足が少ないのも知ってる…。
だからって普通に認めるのはどうかと思うんですよ、クレメンスさん。
…とにかく、やはりオレの名前はそう知られていないようだ。
じゃあ、オレがセリーヌさんを知らぬ間に助けたとかか?
まさか…この町でいくらか人助けはしたがその相手くらいはちゃんと知っている。
…考えるほどわけがわからなくなってきた。
「あ、もうこ
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