恋慕と貴方とオレと懸念 前編

日差しが熱く感じられる今日この頃。
季節は夏に近いそんなとある日。
マスターからお休みをもらったオレこと黒崎ゆうたは海に来ていた。
といってもここは港町。
海なんてすぐそこにあるのだが、ここは違う。
町から離れた岩場の陰。
ここでオレは竿を手にがんばっていた。
恥ずかしながらオレは高校生にもなって釣りなんてものを経験したことがない。
オレが今いるのは港町、海が近くにある。
これはいい機会だ。
ちょっとした気晴らしにもなる。
せっかくの休みなのだから孤児院へと赴き子供たちと戯れるのもいいのだが…。
ついこの間なんとも情けない姿を皆に見せてしまった。
それによって出来た心の傷は、結構深い。
なのでそれを癒すためにもここで釣りをしていた。
ちょうど給料も入ったことだし道具屋で安く竿を買い同じく餌もゲットして準備は万端。
魚釣ってやるぞと初めての釣りに対して大きく意気込んでいた。
それが数分前。
そして、今のオレ。
釣りをしなければ良かったと後悔しまくりだった。

「ほら〜、そんなところにいないで海にいらっしゃいな。」
女性の綺麗な声。
それは海から聞こえてきた。
その声の主は海面から上半身を出した魔物。
青みを帯びた肌と髪。
とがった耳に頭には四本の角のようなもの。
部分によって蒼い鱗が生えており、また刺青のような変わった模様の入った体をして。
下半身はヒレのような足と尻尾がある。
ネレイス。
海のサキュバス的な存在だ。
サキュバス種らしくその性格は好色。
そして、海の近くに暮らす男にとって気を付けなければいけない存在である。
気をつけないと…オレのようになるから…。
「いやぁ〜!でもオレ、上手く泳げないからいいですって!」
「そんなこと言わないで、ね?お姉さんが泳ぎ方、手取り足取り教えてあ・げ・る♪」
「でも、運動する前に海に入ると足がつりそうで!」
「大丈夫よ。海の中でも運動はできるわ。」
「いや、でも今オレ服着たままだから!」
「服なんて海の中でも脱げるでしょ?」
「いやいや、泳ぐために必要なものがないので遠慮します!」
「体ひとつで十分よ♪」
「覚悟も自信もないので無理です!」
「どっちも海の中でつければいいじゃない。」
「誰かー!!助けてぇー!!」
オレは今、このネレイスに襲われていた。
両足を掴まれて、海に引きずりこまれようとしていた。
おいおいおい!何だよこれは!?
何で釣りを楽しもうとしていた矢先にこんな女性に出会っちゃうかな!?
オレには女難の相でもでているのか!?チクショウ!
このまま引きずり込まれればきっと帰ってこれない!
いや、絶対帰ってこれない!
だってコイツ、オレを離す気がない!
何があろうとオレを海に引きずり込むまでは絶対に離さないつもりだ!
ゴツゴツした岩を引っつかむ手に力が入った。
負けられない…!人生がかかってるんだ!
こんなところで海に引きずりこまれてたまるか!
だが、そんなオレの意気込みは海の上じゃ波に揺られる海草のようなもの。
海の魔物と人間じゃ差がありすぎる。
加えて海は向こうの土俵だ。
地の利からしても向こうが有利。
オレ、不利。
「ちくしょぉお!!」
徐々に手から力が抜けてきた。
マジでやばいぞ!
このネレイス、力強いし!
「ほらほら〜♪」
「くっ…ぐぐっ…!!」
離せない。意地でも離しちゃいけない。
別にオレは泳げないわけでもない。
こう見えても小学生のころは水泳教室に通っていたから泳ぎは得意だったりする。
するが、海の魔物相手に勝てるほど上手いってわけでもない。
だから、オレに抵抗できるのはこの岩場。
この陸上が最後の砦!
「負けて…たまるかぁあああ!!」
腕に無理やりに力を込めて体を岩へと引き寄せる。
がっしりと。
岩に抱きつくように腕をまわした。
これならもうしばらくは平気そうだ。
今のうちに声を張り上げて助けを…!
そこで気づいた。
足を引っ張っていたネレイスが消えていたことに。
「…あれ?」
あまりにもあっけなく消えていた。
なんていうか…もっと粘ってくると思っていたのに。
そうでもなかったな。
そんな考えはすぐに否定された。
目の前にいきなり出現したものによって。
「…は?」
それは津波。
サーファーがいたら喜んで乗ったんじゃないかというほど大きな波だった。
地震なんか起きてないのに、異常なほどに大きな波。
それは明らかにオレへと向かって来ていた。
波の上にはあのネレイスが寝そべってオレを見つめていた。
ネレイスって波に乗れるんだ…。
すっげ、そこらのサーファー顔負けだな。
って、そこじゃない。
波は大きくなる一方。
なんていうか、オレを飲み込もうと迫ってくるっていうか。
…これ絶対にオレを狙ってる。
上にいるネレイスがその証拠だし。
「…マジかよ。」
小さく呟いたオレの
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