恋とお前とオレとスキ 中編

この世界にも月はあるんだ、と知ってからしばらく経った夜。
雲ひとつない夜空には月と星が輝いていた。
月明かりと星の光。
どちらのものか分からない光が窓からさす中、オレは『カフェバー ネ―ヴェル・メーア』の二階の部屋、オレが住まわせてもらっている部屋の片付けをしていた。
「よし。」
机の上は片付けた。
床は埃がないように掃いた。
余計なものは片付けた。
ベッドのシーツは整えた。
…別にエロ本を隠したとかいうわけじゃないからね?
元々持ってないからね?
ここに住まわせてもらっている以上、さらには働かせてもらっている身でそんなモン買えるかよ。
あまりにも失礼だ。だからそんな本は買わない。
…本当だからね?
「っと。」
机の上にある飲み物を置いた。
グラスは二つ。中には氷。
その横には液体がなみなみと入ったビン。
当店オリジナル―というかオレオリジナルのドリンク。
オレのいた世界での普通にあった飲み物なんだけど…。
とにかくこれで準備は万端だ。
よっしゃ来い!いつでも来い!
そんなことを考えながらベッドに座ったそのときだった。

―チリンチリンっ

聞き覚えのある軽い音。
最近になって聞きなれたこの店のドアに付いている鈴の音だ。
本来この音は夜には聞かないはず。
この店は昼しか開いていないのだから。
というか、カフェバーなのだから本来は夜やるべきなのだろうけど。
やっと来たか…。
オレはベッドに沈んでいた腰を上げ、部屋から出て一階のカフェバーへと向かった。
今、家にいるのはオレとディランさんとクレメンスさんの三人だけ。
だからもしお客が来たときに出るのはオレになる。
一番下っ端だし…。
マリ姉は今日は孤児院のほうで泊まってくるという。
何だっけな…マリ姉が泊まってくるっていう日はこの家にいちゃいけないんだよな…?
何でだっけか?確か…とても大切な理由があったはず…。
そんなことを考えていながら階段を下りていくとカフェバーへと出た。
夜中だから暗い店内。
わずかに灯した明かり。
その光に照らされていつもオレと対談する席に腰掛けて―

―エレーヌはいた。

「お邪魔〜♪」
昼に見せたような笑顔でオレに手を振る彼女。
肩にはピンクのバッグらしきものを掛けて。
その顔には楽しげな笑いを浮かべて。
そこに座っていた。
「おう、エレーヌ。」
「約束どおりに来たわよ。早速で悪いんだけどユウタの部屋に上げてくれる?」
「…いきなり部屋かよ。」
「そうよ。私、まだ男の子の部屋に上がったことないんだから!」
「自慢げに言うなよ。」
何も誇れるようなことじゃないぞ、それ。
胸を張って言うなよ。
意外と大きい胸を主張するなよ…。
「ね、お願い♪」
「はいはい。」
こっちだってそのつもりだ。
こんな仕事場で夜まで話しこみたいとは思わない。
そりゃお洒落で雰囲気あるいい場所だとは思うけど。
エレーヌとの猥談にはあまりにもお洒落すぎる。
だからオレは彼女の手をとった。
オレの部屋に招待するために。
「ほら、手を貸せよ。」
「はい。」
エレーヌの体を持ち上げる。
左手を赤い鱗に包まれた尻尾の下へと通し、右手は背中へと通す。
それに答えるかのようにエレーヌはオレの首に腕を回した。
早い話が、お姫様抱っこでオレは彼女を持ち上げていた。
店の中まで水路は引かれていない。
それにオレの部屋は二階。
マーメイド種にとって階段を上るなんてことはあまりにも難しい。
ゆえにオレはエレーヌを運ぶためにこうやって抱き上げていた。
香る甘い臭いは香水かエレーヌの体臭かわからない
嬉しそうに笑う彼女はオレを見つめて言った。
「いいわね、お姫様抱っこって。」
「そう?」
「そうよ。皆があこがれる理由がわかるわ。」
腕に伝わる彼女の体重。
結構軽い。
体重とともに伝わるのはエレーヌの体の温もりと女性の体の柔らかな感触。
実はオレがこの家に来てからマリ姉をこうやって運んでいるから慣れているのだがなんというか…。
マリ姉とはずいぶん違う気持ちになる。
「そんじゃ運ぶぞ。」

器用に足でドアを開けることなんて実はできたりもするのだがそれは女性の前でやるにはいささか失礼だろう。
というか、エレーヌを女性として意識すればの話なんだけど。
なので足でドアを開けようとはせずにエレーヌに開けてもらい、彼女の体をベッドに座らせオレは近くの椅子に座って。
一息つく。
今の状況確認。
エレーヌがオレの部屋に来た。
男の子の部屋に女の子が来た。
高校男児にとってはかなりの一大イベントである!
なんて、言ってみたり。
実際にはオレの部屋に女性が来るのは初めてじゃない。
オレのいた世界ではよく双子の姉が侵入してきて部屋荒らしをしてきたし。
こっちの世界ではマリ姉がオレの部屋を訪ねてくることもあるくらいだ。
だから場慣れは
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