恋とお前とオレとスキ 前編

あまり失礼なことを言っちゃいけないと思うが…。
この店…あんまり客来ないな。
カフェってこんなもんだっけ?
今までドラマとかで見たカフェはもっとお客がいたような…ってアレはドラマだからか。
それにしても客少ない。
店内にまだ一人もいないぞ。
もうこうやって立ってるだけで午後だぞ?
一人だけでも余裕で対応できるくらいだぞ…。
そんなことを考えながらオレこと黒崎ゆうたは手に持ったグラスを拭いているのだった。
暇だ…。つまんない…。
実際客が大勢来て接客が大変になるよかはいいんだろうけど。
今までこんな接客業したことないから客が来ないほうが嬉しいな。
うちの学校バイト禁止だったし。
それにしても暇だ。
マスターであるディランさんは奥さんのクレマンさんと一緒に買い物しに出かけてるし。
マリ姉は近所の孤児院にお手伝いとして行っちゃってるし。
オレみたいな奴に任せたままにしていいのかな…。
オレまだこっちの世界に来てからそんな月日たってないのに。
まだ字さえ読めてないのに。
このカフェバーに来る何人かのお客さんとは仲良くなれてるけどさ。
それでも…不安なんだよな…。
誰かお客さん来てくれないかな…いや、やっぱ来られると面倒臭いから来ないでくれるかな…。
そんなことを考えて拭いていたグラスを片付けていたら。

チリンチリンっ

鳴った。
ドアに付けられた鈴が軽い音を立てた。
うっわ…来ちゃったよ。
来なきゃお店として困るんだけど。
「いらっしゃいませ。」
営業スマイルを作ってなんとかお出迎えしようとしたが、来たお客の姿を見てすぐにやめた。
そこにいたのは人ではない。
人が使わない海の魔物専用の水路を使って来たお客。
見れば美しい女性の姿。
ただ下半身は魚。
マーメイド種の魔物。
綺麗なピンク色のくせ毛と赤い帽子。
貝殻を使ったセクシーなビキニ。
水路に浸りながらも輝く赤い鱗。
メロウ。
マーメイド種の中でもっとも好色とされる存在。
そのメロウを見てオレは笑みを消した。
別にオレがメロウを嫌いだとか魔物が嫌いだとかそんなわけではなく。
そいつに対してそんな営業スマイルなんてかしこまったものは向けるような相手じゃなかったから。
「お邪魔〜♪」
「お前かよ…。」
「ちょっと、何よユウタ。その反応は。」
エレーヌ。
オレの知り合いというか…話し相手というか…。
今のオレにとって友達と呼べるような相手。
オレがまだこの世界に馴染めずにいたときに親しく話しかけてきた奴だ。
話しかけてくれたことに対してはすごく嬉しかった。
うん、嬉しかったけど…内容が…。
初対面の相手に向かって言ったコイツの一言…今でもはっきりと覚えてる。

『ねぇねぇ、そこのジパング人さん。『おまんじゅう』って言葉、なんかエッチに聞こえない?』

は?って思ったな。
え!?とも思ったな。
オレも少し思ってた…なんてことは言わずに心の奥底に閉まったけど。
髪がピンク色の奴って頭の中がピンク色なのかって思ったけど…本当にそうだったんだ。
そんなふうに思うぐらいこいつはすごかった。
思わず運んでいたグラスを全部落とすぐらいに。
それでも、そんな気さくに話しかけてくれたことは嬉しかったは嬉しかったんだけど。
「んじゃ、何にしますか?お客様。」
一応客。
それ相応の態度で接するとしよう。
エレーヌがこの店に来る理由なんてものはわかりきってるけど。
エレーヌはオレの前のバーカウンターの席に座りメニューを取らずにオレを見る。
透き通った黄緑色の瞳がオレの顔を映す。
「…何?そんなに見られると照れるんだけど?」
「そう?」
「そう。」
元が美人なんだから。
黙って見つめられるだけでも男として揺らぎそうだ。
「それじゃあ…コーヒーでもお願いしようかしら。」
「はいよ。ミルクと砂糖は?」
「そうね〜。」
そこでエレーヌは一度オレのほうを見る。
オレの顔ではなく体。
バーカウンターでよく見えていないだろうが、視線の先には…。
「…ミルクで。」
「何でオレの下半身見て言うんだよ…。」
明らかに別の意味が込められてる。
こいつ、狙ってやってるな…。
初めて会ったときにはこれでグラスを五つ割ったし。
とにかくオレはエレーヌの注文通りにコーヒーを入れ始める。
一応一通りの手順はマスターから教え込まれたからそれなりのものは淹れられる。
えーっと…これがコーヒー豆で…これでドリップして…これをこうして。
できた。
さて、コーヒーができるまでは結構暇だ。
この暇な時間。
お客との世間話を楽しんだりするのだが…。
はっきり言ってオレにはできないな。
今まで別の世界に住んでたんだから話があまりにも合わなさすぎる。
それでも…。
「ねーねー!ユウタ!今日はどんな話を教えてくれるの!?」
「はいはい。」
コイツとの話は好きだ。
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